「国宝」日本外国特派員協会 記者会見

2026.02.27
  • イベント

日本外国特派員協会 記者会見

400年の歴史を持つ日本の伝統芸能である歌舞伎の世界を舞台にした映画「国宝」。歌舞伎役者が芸術の極地へと向かうまでの50年にも及ぶ人生の苦悩や生き様を描いており、昨年6月の公開から劇場で今なお上映が続く大ヒットとなりました。また、実写映画の興行収入における過去22年間の記録を塗り替え、2月には国内興行収入200億円を突破しました。さらには日本国内だけでなく世界中で公開され、海外の観客をも魅了しています。
本作の細密で表現豊かなメイクアップとヘアスタイリングが国際的に高く評価され、第98回米国アカデミー賞の「メイクアップ&ヘアスタイリング賞」にノミネートされました。日本映画としてこの部門での評価は初の快挙であり、これを記念して日本外国特派員協会にて李監督をはじめ、豊川京子さん(ヘアメイク)、日比野直美さん(歌舞伎化粧)、西松忠さん(舞台面床山)による記者会見が行われました。チームが結成された経緯や裏側など、この日の模様を詳しくレポートします。

ヘアメイク

豊川京子さん

ヘアメイク

歌舞伎化粧

日比野直美さん

歌舞伎化粧

舞台面床山

西松忠さん

舞台面床山

李相日監督

MC

この度、第98回米国アカデミー賞のメイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされた本作を支えた専門家チームの皆さんをお迎えしています。この部門で日本映画が評価されるのは初めてのことであり、今回のノミネートは非常に意義深いものです。チームの皆さんに制作プロセスへのアプローチについてお話をうかがい、直接お祝いを伝える機会を持てたことは、本当に素晴らしいことです。
本作は、昨年6月の公開から今でも劇場で上映されているということだけではなく、実写映画の興行収入における過去22年間の記録を塗り替えました。もちろん世界中でも公開され、海外の観客をも魅了しています。
この作品の持つ魅力の中心にあるのは、日本の伝統や生活の変化を描き出すための、細密で表現豊かなメイクアップとヘアスタイリングです。まずは、皆さんがこの作品に、どのように貢献されたのかをお聞きしたいと思います。
最初に、監督にうかがいたいと思います。
歌舞伎の世界を舞台にしたこの物語を、どのような美的アプローチで映画化・映像化されたのでしょうか。また、この素晴らしいチームをどのように結成されたかもお願いいたします。

李監督

皆さんこんにちは、本日はお集まりいただきありがとうございます。また、特派員協会にお招きいただきありがとうございます。お招きいただいたのは「悪人」(2010年公開/出演:妻夫木聡、深津絵里)以来で久しぶりです。
今のご質問に対しては、 基本的にご存知の方が多いと思いますが、歌舞伎は400年の歴史を持つ伝統芸能です。その伝統の重みや時間に対しての敬意を持ちながら、制作をしました。
日本の皆さんは、歌舞伎がどういうものかは理解しているので、観客の皆さんがこの作品を観た時に、歌舞伎に対する違和感が全くないような完全な再現性が求められると思いました。
その上で、衣装・メイク・舞台美術など歌舞伎を構成する要素は、全てウソがないように再現すると同時に、作品として一番チャレンジングだったことは、歌舞伎俳優ではなく映画俳優を起用した点でした。
映画俳優を起用した一番の理由は、もちろん歌舞伎役者の人生を描くと同時に、歌舞伎役者として舞台に上がる彼らのバックグラウンドや、感情・気持ちという、彼らが役者として芸術の極地に向かうまでの苦悩や生き様を表現する上で、歌舞伎以外のシーンも重要であったということです。
そして、この作品で歌舞伎を見せる時は、ただ歌舞伎を再現して見せるのではなく、彼らの人生を背負った舞台として、実人生と歌舞伎の演目が継ぎ目がなく繋がっていくような作品のアプローチを考えていました。

李監督

そして、映画俳優を歌舞伎役者として作り上げるために最も重要な要素の一つがメイクアップです。歌舞伎と、50年という時間の長さ・人生の時間を再現しなければなりませんでした。まずは25年ほど一緒に仕事をしている豊川京子さんに参加してもらいました。 歌舞伎のメイクアップは、歌舞伎俳優さんご自身で行うものなので、他人にメイクアップをすることの難しさがあります。最初は、京子さんたちメイクチームに歌舞伎のメイクを習得していただくプランがありました。実際に歌舞伎俳優の方に歌舞伎メイクを伝授していただきました。京子さんは「最初から無理だと分かっていた」とおっしゃっていましたが、とんでもなく見込みが甘かったです。そこで、歌舞伎俳優とは違うスペシャリストが必要となりましたが、「そんな方がこの世にいるのか」と思っているところで日比野さんに出会いました。日比野さんを見つけた時は「宝が見つかった」と喜びました。そして、日比野さんにはクランクインの一週間前に合流していただきました。
歌舞伎のかつらの経験を40年以上も持っている西松さんには、当初から参加していただくことになっていました。技術と長い経験が、この作品のリアリティを担保するためには絶対に必要だったので、かつらを一から作っていただくことになり、このチームが結成されました。

MC

それでは、お三方にもうかがいたいと思います。
まずは豊川さんから、歌舞伎を映像化するにあたって、どのような難しさがあったのか、また、ご自身が直接関わったお仕事はどのようなプロセスで実現し、それにはどういう難しさや課題があったでしょうか。

豊川さん

先ほど監督もおっしゃっていましたが、最初は「歌舞伎のメイクも全部お願いします」と言われていました(笑)。私は、最初から歌舞伎のメイクは通常のメイクとは別物だと思っていましたが「お願いします」と言われて一応練習はしたんです。でも、練習をするうちに「これは役者さんに失礼だ。にわか仕込みの我々がやるようなことではない」と思うようになりました。
そこで、プロデューサーや監督に「顔師(日本舞踊・歌舞伎・邦楽演奏などの出演者に、舞台の役柄に応じた特殊な化粧を専門的に施す職人)の方を入れてほしい」と伝えました。 なかなかその思いが伝わらずにいた時に、谷口先生という踊りの先生が、我々の練習風景を見て「やっぱり顔師さんいた方がいいよね」と言ってくださいました。それで、谷口先生の方からプロデューサーに言ってくださり、やっと叶って来ていただいたのが日比野さんです。 本当に肩の荷が下りました(笑)。
それで、やっと50年間を描くストーリーに集中することができました。

MC

日比野さんの一番の課題は何でしたか?

日比野さん

私は日頃、舞台の日本舞踊のおさらい会(日頃の練習・稽古の成果を披露し合う発表の場)の時に白塗りのお顔をするのが仕事です。普段は大体2、3時間白塗りがキレイに保てば良いのですが、映像の場合は収録時間が長いので、一日10時間はそのままのお顔でいなくてはならない場合が多かったです。その間、キレイに保たせるのが苦労したことでした。
また、歌舞伎役者さんも日本舞踊のおさらい会でもそうですが、ステージと客席の距離でキレイであれば良いのですが、映画の場合はアップが多いので、近くで見てもキレイなお顔にすることを、とても考えていました。

MC

舞台面床山の西松さん、歌舞伎のかつらについての難しさをお話しいただけますでしょうか。

西松さん

先ほど監督も少しおっしゃっていましたが、難しかったのは、まずキャストの皆さんが歌舞伎役者さんではないという所です。今回使用した舞台用のかつらは、重量がまず重いので、キャストの皆さんが長時間頭に乗せて耐えられるかが課題でした。撮影中、ワンカットで20回ぐらいかつらを被ったり外したりすることがありました。 朝の6時ぐらいからメイクが始まり、長い時は次の日になっていたこともあります。
その後にかつらを合わせるんですが、ご本人たちが慣れないせいか、長時間の撮影で「ここが痛い」などなってしまうので、その辺がやっぱり一番苦労したところですかね。

MC

皆さんは、米国アカデミー賞にノミネートされたと聞いた時、どのようなお気持ちでしたでしょうか。また、ノミネートのサーティフィケイト(証明書)をお持ちでしたら、それをぜひお見せいただければと思います。(会場:笑)

李監督

西松さんと日比野さんからどうぞ。

西松さん

驚きしかないですね。
我々は、舞台の後ろから俳優さんを支える仕事なので、まさかこういう席にお招きいただくこともないと思っていました。ましてやアカデミー賞にノミネートされるなんてことは、夢のようでございます。

日比野さん

最初は、驚きもないくらい自分のことではないような気がしました。少し落ち着いてから、今は私がノミネートされて皆さんに注目されていますが、これは私がいただいたのではなく、何百年も続いている日本の伝統芸能にいただいたものだと思いました。これまでいろいろな方が紡いで継承してきたもの、私の師匠や一緒にお仕事をしている皆さんに教えてもらったことが、日本や世界の方にも認めてもらえたのだと、とても嬉しく思いました。

MC

豊川さんは本日、急遽制作現場から駆けつけて下さいましたので、サーティフィケイト(証明書)はお持ちではないですが、ノミネートされたとお聞きになった時のお気持ちなどをお願いいたします。

豊川さん

不思議な気持ちでした。何百もの作品の中からの10本に選ばれたということで、アメリカのアカデミー協会公式イベントの「Bake Off」(メイクアップ&ヘアスタイリング賞のノミネート選考に関連して実施される)に参加した時に、「まさか」と思っていたので、それだけで嬉しいと思いました。「国宝」という作品があったからこそ、このような賞がいただけたのだという気持ちです。まさか本当にノミネートまで行くとは思っていませんでした。
ノミネートが発表される時は、夜10時半にずっと電話を待っていました。仕事から帰って「絶対ないな」と思っていたら10時38分くらいにプロデューサーから「おめでとうございます」と連絡が来ました。でも、本当にノミネートされたんだという実感がありませんでした。この賞がノミネートされたのは、 伝統の歌舞伎が題材で、白塗りメイク・かつらも素晴らしかったためだと思ったので、「私は何でノミネートされたんだろう」と、チーム統括としてはそんな気持ちの方が大きかったですが、たまにはこういうのも良いかなと思いました。

日比野さん

京子さんは、映画の撮影現場に慣れていない私たちに、現場のことを教えてくれたり学ばせてくれました。京子さんには感謝しかないです。

■記者からの質疑応答

【記者1】

私が「国宝」を初めて観た時に、日本語ができても外国人にはとても言葉が難しいと感じました。台湾や韓国でもすでに翻訳をされていますが、翻訳の時にそれをどう乗り越えたのかを李監督にお聞きしたいです。

李監督

歌舞伎の言葉に関しては、歌舞伎の用語やセリフを詳しく知っている日本の観客も、実は限られています。だから「歌舞伎の知識が少なくても理解できるように」という前提で、脚本から完成まで意識をしていました。それは、翻訳となると情報量は少ないであろうとは思っていましたが、少ない言葉でキャラクターたちの感情や状況が観客たちにダイレクトに伝わるように翻訳の前から意識していたので、翻訳の際もそれは問題とは捉えていませんでした。

【記者2】

私のように歌舞伎について知らない素人に対して教えていただきたいですが、「かつらは重い」とおっしゃいましたが、どのくらい重いのでしょうか? また、なぜ重いのでしょうか? また、かつらを長時間保たせるためにはどういう流れでどのように作り込むのでしょうか?
メイクについては、歌舞伎のメイクを10時間キレイな状態で保たせるために、材料を変えるなどの工夫はしたのでしょうか?

西松さん

一番メインになっている「二人道成寺(女形にとっての最大の難曲・大曲)」のかつらは、文金と言いますが、大体3〜4キロはあると思います。なぜ重いのかというのは、かつらの土台が銅でできているからです。アメリカとかでは中身がネットで埋まっていますが、あれがすべて銅板です。そこに毛が植え込まれた羽二重(はぶたえ/絹の平織り生地)と重いかんざしが付くので、一番重いかつらだと5キロはあります。今回使われた「連獅子(“子落としの伝説”を踊りで描いた作品)」のかつらは量ったことはないですが、3〜4キロはあるんじゃないかと思います。毛振り(「連獅子」の見せ場である長い毛を振り回す場面)の時に重さや素早く振るための仕掛けとしてバネが付いているんですが、役者さんは大変な作業だったと思いますね。

日比野さん

白塗りのお化粧は下地に鬢付け油(びんづけあぶら)を塗るのですが、硬さがいろいろとあります。硬い方が汗などに強く崩れにくいので、硬い鬢付けを下地に使いました。それ以外は日頃と変わらないお化粧をしたので、特に保たせるために何か特別なことをしたということはなかったです。

【記者3】

台湾と香港ではすでに上映されており、大変高い評価を得ています。私の友人から良い意見や感想を聞いています。
本作は非常に伝統的な日本のテーマを扱った作品ですが、なぜ文化や国を超えて人気を博したのか、そして、海外でも高評価を得ていることについて何かご感想はありますでしょうか。

李監督

Big surprise(会場:笑)
歌舞伎は、日本の伝統芸能ですし、特に「女形」というのは日本固有で、今でも「女形」が残っているのは非常に世界では少ないと思います。同時に、海外の方のインタビューで感じたのは、例えば「ギリシャ悲劇」(運命や神と人間の葛藤を描く演劇)や「シェイクスピア作品」の悲劇性やドラマツルギー(演劇の作劇法・上演法)は、歌舞伎のドラマ性と近しいものがあります。家族の物語や友情の決別、恋愛の難しさなど人間の普遍的なドラマが歌舞伎には多く詰め込まれているので、固有のものではあるけれども親和性があるんだと思います。

李監督

芸術を極める芸術家の、誰にも真似できない生き方というものが、万国共通で光を強く感じてもらえたんだと思っています。 我々は、歌舞伎のメイクや衣装の奥に潜む人間性を描こうとしていたので、その奥を魅せる上で、外側のメイクアップを完全に作り込んでくれたこのチームの素晴らしさを称えたいと思います。(会場:拍手)

【記者4】

大袈裟な特殊メイクではなく、俳優の自然な表情を活かせるような伝統文化が評価されたということに、とても喜んでおります。
お三方は、いつごろからこのお仕事を始められたのかを簡単にお話しいただいた上で、今回の作品でも貫かれたようなご自身のお仕事で大事にしている姿勢や、その姿勢が身についた経験があればお聞かせいただきたいです。

豊川さん

私はこの仕事を始めて45年になりますが、一番大事にしてきたことは「監督のビジョンを大事にすること」「脚本を読み込んでキャラクター作りを大事にすること」です。あとは、現場で俳優と監督の間に立って監督の気持ちを役者に伝えたり、役者は今どういう思いでいるかを監督に伝えたりします。それはメイクではないですが、そういったことで俳優の心が開くのを長年見てきました。映画というのは、メイクアップをしているけれども、メイクだけではないんだなと思いました。全体を通して、語弊はありますが、監督にもなっちゃうみたいな…そんなことを言ったら怒られちゃいますが(笑)。(会場:笑い)  でも、そのくらいの気持ちで真摯に向き合って、監督が大事にしているものを受け入れています。もちろん自分が「こうしたい、ああしたい」というのはちゃんと伝えられるようにしながら、45年経ってしまいました。大事にしているのはそれくらいですね。

日比野さん

私は、OSK日本歌劇団に所属していて、自分も舞台に立っていました。そこを辞めて、結婚をして子育てをしている最中に、顔師のお誘いを受けました。子どものころから芸事しかしてこなかったので、「一般職は一切できないから、この仕事なら私にもできるかな」という軽い気持ちで始めました。それから30年ほど経ちます。そのほとんどの時間に師匠がいて、弟子として過ごしてきました。ですから、今「国宝」の顔を評価していただけるのは、OSK時代や弟子時代に経験して学んだ全てのことが、今回の評価に繋がったんだと、最近しみじみ思います。何一つ無駄なことはなかったと思います。

西松さん

私も45年ほどやっています。 経歴は学校を出てから師匠の師匠のお家に内弟子と言いまして、お家に住み込んで劇場や仕事場で毎日鍛錬をし、かつらを結う仕事をしていました。この「国宝」に出てくる映画のかつらだけではなく、日本髪を結うには大変な技術が必要です。朝から晩までお稽古をして、本番で使えるようになるには大変な技術がいります。よく師匠に言われたのが「かつらを結う時は、その役の性根(心構え・根本的な心の持ち方)を掴んで仕事をしろ」ということでした。今でもそれを心がけています。400年以上続いている歴史のある歌舞伎の衣装やかつらについて、先輩方から技術を教わってやっていきました。

MC

本日はゲストの皆さんをお迎えでき大変嬉しく思います。改めて、皆さんには感謝とお祝いを申し上げます。
第98回アカデミー賞の授賞式は日本時間3月16日に行われますが、皆さんのご健闘を心よりお祈りしております。皆さんには当協会(FCCJ:日本外国特派員協会)の一年間の名誉会員資格を贈呈いたします。ぜひご活用いただき、またいつでも当協会へお越しください。

■フォトセッション。