「怪物」大ヒット御礼舞台挨拶

2023.06.19
  • 公開後舞台挨拶

大ヒット御礼舞台挨拶

第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にて脚本賞と独立部門のクィア・パルム賞に輝いた本作「怪物」は、「万引き家族」(2018年公開)でカンヌ国際映画祭最高賞パルム・ドールに輝いた是枝裕和監督、「花束みたいな恋をした」(2021年公開)やドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」(2021年フジテレビ系列にて放送)などで圧倒的な人気を博す脚本家・坂元裕二さん、そして日本人初となるアカデミー賞(R)作曲賞を受賞し国内外を問わず第一線で活躍した坂本龍一さんが音楽を担当し、観る者を圧倒するキャスト陣という、まさに怪物級の才能が一堂に会した作品です。
6月19日、「怪物」の大ヒット御礼舞台挨拶がTOHOシネマズ 日比谷にて行われ、主演の安藤サクラさんと永山瑛太さん、是枝裕和監督が登壇しました。この日が初めての上映後の舞台挨拶となった、こちらのイベントの様子を詳しくレポートします。

麦野早織役

安藤サクラさん

麦野早織役

保利道敏役

永山瑛太さん

保利道敏役

是枝裕和監督

MC

本作は、6月2日より公開し、昨日までに観客動員数約90万人、興行収入12.3億円を突破する大ヒットとなりました。本日は、上映後の舞台挨拶ということで、内容にも触れてまいりたいと思います。

安藤さん

今日は、本作初めての上映後舞台挨拶です。これまでは宣伝などでも内容に触れ過ぎないように、すごく気をつけて話をしてきました。やっと上映後の雰囲気の中で、皆さんとおしゃべりできることがとても楽しみです。

永山さん

本日は、ありがとうございます。短い時間ですがよろしくお願いします。

是枝監督

公開から2週間ちょっと経ちまして、僕の元にもすごくたくさんの感想が寄せられています。本作が、良い形で広がっているのを実感しております。ありがとうございます。

MC

今週中にも観客動員数が100万人を突破しそうな見込みです。ちょっと聞いてみましょうか… 。(客席に向けて)すでに二回以上、複数回ご覧になっている方はどのぐらいいらっしゃいますか? (たくさんの手が挙がる)

安藤さん

(驚いて)えー! すごいですね…。何回、ご覧になっているのでしょうか。

MC

聞いてみましょう!
(客席に向かって)三回以上の方は? 四回以上の方は? 五回以上観ている方も…いらっしゃる。それだけ語りたくなりますし、考えたくもなる作品です。安藤さんのところには何か反響は届いていますか。

安藤さん

私が聴いているラジオで、皆さんが次々に「怪物」の話をされるので、「すごいんだな」と思っています。こんなにも、何て言うんだろう……?

MC

(「怪物」の話をしてくださいと)お願いして話してもらっているというより、皆さんが自発的に本作の話をしてくださっているのですね。

安藤さん

そうそう。「あまり細かいことは言いません」という感じなので、だんだんと私よりも本作を観ている皆さんの方が、「いろいろな細かいことをご存じなのでは?」と……。自分よりも皆さんのほうが作品に詳しい気がして、しゃべるのが怖い気持ちにもなっています。

MC

いろいろな解釈がありますからね。永山さんのところには何か反響は届いていますか。

永山さん

本当に皆さんそれぞれ感じ方や受け取り方が違うので…。一番多いのが二回以上観た方々の感想が「何かニュアンスが違ってくるな」ということです。あとは「言葉にならないので、会って話がしたい」と言われます。僕の周りで一番(鑑賞回数が)多いのは、五回ですね。
今、サクラが言った通り、今までの取材をやってきた時は、ネタバレにならないようにとオブラートに包んで話をしていました。公開されてからは、どういう風に本作の良さを言葉で伝えたら良いのか、分からなくなりました。お客さんのほうが、(内容を)より理解されている気がしています。僕自身も言葉にできない気持ちでいます。

MC

言葉を尽くして話したくなる作品なので、皆さん熱を持ってお話されるのではないかと思います。是枝監督の元にはどのような感想が寄せられていますか。

是枝監督

「あまりSNS向きではない」とか「もっと長い文章で感想を伝えたい」といった感じですかね。僕の周りには、結構若い監督が仲間として、同じ空間にいるんです。その彼らに言われるのが、「いつもよりも演出に迷いがない」「編集のキレが良い!」「もう自分で脚本を書かないほうが良いんじゃないか」という(苦笑い)。熱い、温かいメッセージをいただいています。

安藤さん

それを聞いて、どんな気持ちになるんですか?

是枝監督

(少し考えて)…悔しい気持ちがないわけではないです。でも、坂元さんとやったことを吸収して、「無駄のない脚本を書こう!」という気持ちに今はなっています。でも、自分で観ていても「今回は良い編集をしているな」と思っていたので、嬉しいです。

MC

皆さんが最も印象深かったシーンについてお話いただけますか。

安藤さん

現場の出来事として印象に残ったシーンは、病院の帰り道で湊が走り出すシーンですね。いろいろな出来事があったので印象に残っています。何回か繰り返しやっている時に、(湊役の黒川)想矢が「パンッ!」とはじけたというか…、その瞬間を目の当たりにして、それに反応して乗っていくことにもすごくワクワクしました。あとは、カットがかかった時に、監督が「OKでしょう?」という反応になったんですが、技術部の皆さんからのOKがでないと全体のOKにはならないので、「まだOK!と言わないで」と監督から逃げたことです。

是枝監督

(うなずきながら)はいはい。とても良いシーンだったね。

安藤さん

あの時の現場の空気がすごくて…。

是枝監督

最初のリハーサルでは、湊が道にしゃがむので、顔を覗き込むお芝居にしていたんです。でも、リハーサルをしていくうちに、何となく「違うな」となって、湊に「しゃがみこまなくても良いよ」と話したら、走り出したんですよね。それでサクラさんが、(湊を)追いかける芝居に変わりました。「絶対にこっちのほうが良いや」と思ったんですが、その道の先まで撮影する予定ではなかったので、照明を準備していなくて…。それで一旦撮影を中止にして、日を改めて撮り直したんです。それは、スタッフも「絶対にこっちのほうが良いので撮り直しましょう」と言ってくれたからこそ実現しました。そこで誰かが「えー、このまま撮ろうよ」と言っていたら、絶対にあのシーンにはなっていないので…。

安藤さん

しかも、その時点で当初撮る予定だった部分も、太陽の関係で…

是枝監督

やめました。

安藤さん

すでに延びていたから、大人の人たちは「絶対に撮らないと!」という考えになっていたはずの日だったのに(是枝監督が大きくうなずく)…すごい。

是枝監督

照明の尾下(栄治)さんが「やり直そう!」と言ってくれたので、もう本当に良いスタッフ!

安藤さん

あの時のチームはカッコ良かったです!

是枝監督

(笑)。

MC

安藤さん、これまでの現場でも、役者さんの動きに合わせて、監督が柔軟に「こうしよう」と変えることはよくある現場なんですか。

安藤さん

私への質問ですか? たぶん監督のほうが……私、分からないです。

MC

(是枝監督に)役者さんの動きに合わせて、演出を変えることはよくあるのですか。

是枝監督

僕の現場で? (安藤さんにパスする)

安藤さん

俳優部に限らず、すべての流れを見て、それをくみ取りながら撮影を進めていく監督だと、私は感じています。どうなんだろう…(永山さんに)そうだよね?

永山さん

うん! そうだと思う。

安藤さん

そうだよね。何かすごいプレッシャーが…。(是枝監督に)そうですよね?

是枝監督

はい。

MC

永山さんは、撮影中や作品を観て印象に残ったシーンはありましたか。

永山さん

冒頭の、サクラがクリーニング店で働いている時に、エレベーターが動いて、行ってしまった後で、野呂佳代さんに気がついた時の動き!

是枝監督

「ぴょ!」ってやつね。

永山さん

(うなずく)あれは、「あんな人間見たことない!」ってなりました。あれはどういう気分でやったの? 今まで役者さんの中で、あの動きをした人を見たことがない。冒頭から見た時に「すごいな」ってなりました。(しみじみと)うーん、なかなかあれはできない! 「すごいものを見た」ってなりました。

安藤さん

でも、同じように瞬発的な身体表現で、瑛太くんを見て驚くことがありました。

MC

どのシーンですか。

安藤さん

全部そう。なんか突発的な…魚をこぼす? 違うな。何て言ったらいいの?

永山さん

水槽の水をこぼす?

安藤さん

そうそう! 何て言ったら良いのかな? 私全然うまくしゃべれない。

是枝監督

大丈夫! 伝わっている。

MC

是枝監督は、お二人の身体表現をどのように感じていましたか。

是枝監督

難しい質問ですね。役者さんに必要なのは、究極的に言うと”運動神経”だと思います。それは、スポーツができるできないではなくて、身体をコントロールする能力の高い役者が、すぐれた役者だと思います。この二人(安藤さんと永山さん)は、とってもそれが優れているから、演出していて楽。とても楽。

安藤さん

(満面の笑みで)やったー!

永山さん

(笑顔)。

是枝監督

僕が一番印象に残っているシーンの話をしても良いですか?
土砂崩れで横倒しになった列車の窓の泥を二人で必死にかきわけて(車両の)中をのぞこうとするシーン。下からカメラが撮って、ふたりの手が泥をかき分けているあのカット。あれは、大変だったね。泥が窓枠に入っているので、必死に瑛太さんが開けて、中をのぞく長いワンカットなんですがとても好きです。

MC

あのシーンは、映像的にもインパクトがありましたし、面白かったです。あのシーンは想定通りだったのですか。

是枝監督

(額に手を当てて考えた後に)想定はしていませんでした。カメラを置く位置は決めていましたが、あんな風になるとは誰も思っていませんでした。実際に雨を降らせた時に、夜空の星のようにも見えるし、あんな風に手が感情を伝えるんだと現場で気がつきました。現場で見つけたカットでした。

MC

愛情にも見えますし、どこか世の中に隠れていく怖さの比喩表現のようにも見えました。

是枝監督

そうですね。いろいろなものがあそこに見えてきますよね。

MC

この作品には、たくさんの方々が関わっていますが、なくてはならないお二人のサカモト(坂元裕二さん、坂本龍一さん)さんの存在があります。是枝監督、改めてお二人とご一緒されてみていかがでしたか。

是枝監督

裕二さんの時間をかけた決定稿までのプロセス、緻密な脚本作りを間近で見て本当に勉強になりました。作品の内容は分かっていたつもりなんですが、出来上がった作品を観ると、さらに”こことここがつながっているんだな”とか…。僕は、本当なら出来上がる前に分かっていなくてはいけないんですが、画になってつながった時に気がつくことも結構あるんです。それが本当にすごいと思っています。周りのスタッフの話ばかりして申し訳ないですが、未だに坂元さんのセリフを真似して、日常的に使うスタッフがいます。「直接触っていないから汚くないよ」みたいなこととか…。すごく短いフレーズで、何気ないことですが、すごく独特の坂元さんならではの言い回しがあって、それがずっと頭に残っているんですよね。撮影からもう一年が過ぎましたが、そういうすごさも感じます。

MC

坂本龍一さんとは、念願叶ってご一緒できました。

是枝監督

はい。これが一番、言葉にしづらいんですが…。僕としては、作品全部の音楽をお願いできたわけではないですが、同じスタッフロールの中に、自分の名前と坂本龍一さんの名前が一緒になったということを本当に嬉しく思っています。

MC

坂本龍一さんには二曲書いていただきました。監督は、これまで脚本を書く時には音楽を想定されていらしたと思います。今回の脚本は、坂元裕二さんですが、いつどういったタイミングで坂本龍一さんの楽曲とつながったのでしょうか。

是枝監督

ロケハンをして、夜の湖を見た段階で「坂本龍一さんが良い!」と思っていました。なので、撮影の前段階で、脚本をもらって、コンテを描いている時に坂本龍一さんの音楽をかけていました。自分の中では(脚本と音楽が)一体化していて、そこから離れるのは結構難しいものです。ほかの方にお願いすることは自分の発想の中にはありませんでした。だから、本当に(坂本龍一さんに)断られなくて良かったです。「ちょっと無理をさせてしまったかもしれない」という気持ちもあります。でも、引き受けていただいたことに感謝しています。本作のために作っていただいた二曲以外にも、三章で子どもたちがマンホールに耳を当てて音を聴くシーンでは、(坂本龍一さんの)アルバム「12」の楽曲を使わせていただきました。映像に当ててみると、そのシーンに合わせて書いてもらったかのように、お芝居や編集のリズムに合っていて、僕が言うのもなんですけど、そういう運命的な縁を感じました。

MC

本作は、カンヌ国際映画祭でも世界中の方々から注目を集める作品になりました。既に190の国と地域での展開が決まっています。ほかの国の方に観ていただくことや、作品が世界に広まっていくことについて、どのように感じていますか。

安藤さん

本作が公開されて、国内だけでもさまざまな角度からの感想があり、感じ方が皆さんそれぞれ違うことを改めて感じました。文化が違う中で、この作品を観る角度がまた増えると思います。他人事のように言っていますが、それがすごく面白そうだと感じています。

MC

カンヌでは感想を耳にしましたか?

安藤さん

皆さんそれぞれで…。でも「素晴らしかった」というのが多かったですね。一緒に上映を観て、野呂さんの顔芸…じゃなくて、表情で笑いが起きていました。校長室のシーンは、「笑える」という方と「腹が立つ」という方がいました。いろいろな感想があるような気がします。

MC

永山さん、190の国と地域で展開されることについていかがですか。

永山さん

想像がちょっとできないですが、すごいことですよね。ほかの国や地域の方の感想も聞いてみたいです。

MC

是枝監督は、190の国と地域で展開されることをどのように受け止めていますか。

是枝監督

…すごいですね。最初に、190もの国があることに驚きます。カンヌ国際映画祭に、それだけの国と地域の人が集まっていたわけではないと思いますが、今回は二週間滞在したので、街を歩いていると声をかけてもらいました。「本当に良かった」「少年二人がすごく良かった」や、電車の窓のことだろうなという身振りに心を動かされたとか、「ラストは○○だよね?」といった声に対して、「そうですね」と答えるとホッとした表情を見せた方もいました。そういうやりとりが街中ですれ違いざまに起きるのが、映画祭の良いところですね。同じようにいろいろな国と地域で、この作品についての会話が広がっていくと良いなと思います。

MC

(主演で子役の)黒川想矢さん、柊木陽太さんのお話を伺いたかったのですが、お時間になってしまいました。最後にお一方ずつご挨拶をお願いします。

永山さん

今日は、お集まりいただきありがとうございます。
大ヒットを記念してということで、この場に立ちました。ロングランということになれば、この作品を観てもらえる機会が増えることになるので本当に幸せです。二度、三度とまた映画館で観てください。

安藤さん

質問があります。この前、喫茶店で隣にいらした奥様が、「『怪物』を観たいのだけれど、怖そうで…。怖い気持ちになるのが嫌だから観に行けていないの」と言っていました。私のInstagramにも「ホラー映画ですか」という質問があります。その時は「ホラーではないです。怖くな…」まで言って、「ある意味怖いよね?」と考えてしまって…。その人が何を怖がっていらっしゃるのかが分からないので、観ていただきたいけれど、そういう時に、どうお答えするのが良いでしょうか? …これを誰に聞いたら良いのかも分からなくて…。(是枝監督に)「怖くない」と答えて良いですか?

是枝監督

そうですね。たぶんその方は、予告編の中で鼻血がたれることからイメージして「怖い」となっていると思うので、サクラさんが考えた人間や社会の怖さとは違うかと…。「ホラーじゃないですよ」で良いかもしれないです。

安藤さん

その時に、「苦しい気持ちになりたくない」と言っていたので、「何かご自身で感じることがあれば、苦しい気持ちになるのはご自身次第」って答えたんです。「ホラーじゃないですよ、怖くないですよ」で大丈夫ですね?

是枝監督

「ホラーじゃないですよ」

安藤さん

「ホラーじゃないですよ」という言葉を添えて、周りでまだご覧になっていない方々にオススメしてください。みんなで「怪物」について話すことができたら、面白そうだと最近よく思います。また違う機会にも、こうして作品を観た方々とコミュニケーションがとれたら良いなと感じています。では、また!(とお辞儀)

是枝監督

僕が参加したのが2018年の12月だから…四年半経っているのか…もっとだね、五年か。長い時間をかけてこの題材とモチーフと向き合って、スタッフともいろいろな話し合いを重ねながら、役者の方とも、人物像に関して丁寧に向き合ってきました。届け方や語り方が非常に難しい作品であることは間違いないです。今「どんな映画なの?」と言われて、正直に言うと「みんなで楽しめる映画だよ」とはなかなか言えない部分もあります。ですので、こうして観ていただいた方たちの感想とか、表情を目にすることで、この作品が「どのように届いているのか」「届いていないのか」「どんな届け方が正しいのか」ということを、時間をかけてキャッチしていけたらと考えております。直接、間接どちらもかまいませんので、ぜひ感想を届けてください。今日は、ありがとうございました。