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河瀨直美総監督「映画監督としてのスキルをすべて投入しました」
「東京2020オリンピック SIDE:B」日本外国特派員協会会見

2022年06月21日

「東京2020オリンピック SIDE:B」日本外国特派員協会会見

<左から、宮里哲座間味村長、河瀨直美監督、グエム・アブラハム選手>


1912年の第5回ストックホルム大会以来、撮り続けられているオリンピック公式映画。今回、その総監督に選ばれたのは、「萌の朱雀」「殯の森」「光」など数々の映画で世界的にも評価の高い河瀨直美監督です。
東京2020オリンピックは、7月23日より17日間にわたってオリンピック史上最多となる33競技339種目が実施されました。本作は、大会開催に至るまでの750日、5,000時間に及ぶ膨大な記録を元に、表舞台に立つアスリートを中心としたオリンピック関係者たちを描いた「東京2020オリンピック SIDE:A」(6月3日公開)。大会関係者、一般市民、ボランティア、医療従事者などの非アスリートたちを描いた「東京2020オリンピック SIDE:B」(6月24日公開)の二つの作品になります。
6月21日、日本外国特派員協会主催の会見が行われました。河瀨直美総監督をはじめ、「SIDE:B」に縁のあるグエム・アブラハム選手(陸上男子 1500m 南スーダン代表)、緊急事態宣言中の沖縄県にありながら、「戦争のことを知ってもらい平和につなげたい」という一心で、沖縄伝統の木造船サバニにて聖火リレーを実現させた宮里哲(沖縄県座間味)村長の三名が登壇しました。こちらのイベントの様子を詳しくレポートします。


河瀨直美 総監督

本日ご覧いただいた「SIDE:B」は今月の24日より公開になります。この映画に込めた思いの中には、「平和」というものがあります。今日は南スーダンからアブラハムさんと、座間味島から宮里村長にお越しいただきました。
今なお、この地球上で起きている戦争や、様々な状況の中で、日常を奪われてしまうような人々がいます。そういったことを、このオリンピックが少しでも光の方向に導くようなものであれたら良いなという思いのもとに、昨年「2020」と題したオリンピックが日本で行われました。その中で、自分自身が、この作品の中で見られたもの、見てきたものは、聖火が中心にあり、聖火を運んだ先に、私たちは何を見つめるのかということを、百年後の子どもたちに託したつもりです。少しざっくりとした話になりますが、例えば、作品の冒頭の子どもたちの表情は、「彼らが何を見ているのか」で言えば、「もしかしたら私たちの今を見ているのかな?」というものになっています。そのコンセプトから始まって、最後には森山未來くんなどがコメントをしてくれます。森山くんは、「生きている人間の感情が一番やっかいだ」という内容のことを話しています。私たちが今、生かされている地球上で、生きている人間そのものの感情に違いがあって、その感情同士がぶつかりあった時に、ある種の分断が生まれます。でも、その自分たちの心模様を、より相手を慮るような気持ちになって前に進んでいければ、もしかしたら、「そこに一つの光が現れるのかな?」という気持ちで、作品を作りました。
グエム・アブラハム選手(南スーダン代表)

(日本語で)みなさん、こんにちは。
(英語で)この会見に出席していること、映画に出演できたことをとてもうれしく思っています。オリンピック(を開催すること)の意味を知り、そして私の故郷である南スーダンが困難な状況にあるからこそ、うれしく思います。私は、世界の中でも苦境に直面している国の出身であり、紛争があるがために発展への道が阻まれております。一方で、スポーツというものは、世界が一丸となれるきっかけとなってきました。「平和の祭典」と呼ばれる世界的な場において、国の代表になれたことは本当に光栄なことだと思っています。帰国してからも、オリンピックで得られた気づきや平和への思いをぜひ伝えていきたいと思っています。一時期、「そもそもオリンピックに出場できるのか?」という状況で、苦しい時もありました。トレーニングすることで何とか力をつけて、スキルの向上をはかるべく努力しました。とはいえ、不安にかられて十分な睡眠がとれない時もありました。もしもオリンピックに出場できなければ、痛みを伴うことになるからです。それは母国にとっても良くないことでした。
映画出演のお話をいただいて光栄に思いましたし、平和というテーマがある作品に、国の代表として出たいと思いました。今後、南スーダンにも和平が訪れることを願ってやみません。同胞同士でハーモニーをつくれることを願っています。
それから、オリンピックへの出場資格を私は得ることができました。しかしながら、出場資格を得られなかった仲間もいました。それはとても悲しい出来事でした。「自分が出場しなければ良いのでは?」と考えたこともありました。出られないことの悲しみや苦しみは自分のことのように思えました。そこから、仲間のために出場しようと思いました。そして、出場するからには、仲間のためにも勝ちたいと考えるようになりました。こういう「人のために」という気持ちが、平和には欠かせないと思います。それこそが南スーダンに必要な思いです。いつの日か南スーダンが平和を取り戻せるように願っております。南スーダンの人々にも、この作品を観てもらいたいと思っています。現在はウクライナとロシアの問題があります。戦争には賛成できません。肌の色が違っていても、状況が違っていても、何よりも平和が必要だという思いは共通していると思います。
宮里 哲さん(沖縄県座間味村の村長)

本日は、お招きいただきましてありがとうございます。座間味村では、令和3年5月2日に、沖縄の伝統的な舟であるサバニ二挺を使い、聖火を運びました。思いはいろいろございますが、沖縄は今年、本土復帰五十年という大きな節目を迎えました。地上戦があったのも唯一沖縄だけでした。悲しい過去を持つ場所でもあります。そういった過去を持つ場所で生まれたことも含めて、私は選挙の公約ではなく「平和の尊さを語り継ぐ沖縄県民でありたい」と、それを座間味の大きな使命であると行政としてやっています。
今回の東京オリンピックの聖火リレーを座間味で開催することができて、非常に喜びました。それには二つ、理由がございます。まずは、沖縄は過去に琉球王国から日本に編入され、第二次世界大戦があり、米国の統治下になり、そしてまた祖国に復帰する。そうした中で脈々と琉球の歴史、文化を伝えつなげてきました。そして、戦争の中でもみんなが頑張り、その後も復興してきました。全世界が分かっているとは思いますが、平和の尊さ、その中でも沖縄県民、特に私たちの島は一番初めに米軍が上陸した島で、村でございました。それが、昭和20年の3月26日。多くの犠牲者が出ました。そういったことを背景に考えますと、まさしく私たちの座間味村でこのような聖火リレーができるのはとても大切なことだと考えて、一生懸命取り組んでみました。沖縄県で、リアルに開催できたのは、沖縄県の石垣市と座間味村でございました。「どうしてもリアルに開催したい」と強くお願いし、どうしたら開催できるのかを考えました。このリレーは、私たちの先輩方が漕ぐ舟から、中学生が漕ぐ舟に聖火を運びますが、先ほどお話ししました「歴史や文化、それに平和の尊さを私たち大人の世代が、しっかりと子どもたちにつなげていくのだ」というのが一番大きな目的で、しっかりとつなげることができました。そして、多くの村民を目の前にして、今の平和な状況の中で、素晴らしい海で聖火リレーができたことも嬉しいことでした。そういったことをすることで、「これからも私たち座間味村はこの平和というものをしっかりと次世代につなげていきたい」と、舟で先輩から後輩に伝えていく貴重な経験をさせてもらいました。また、この映像が作品の中に取り入れられ、後世に伝えられていくことに、心から感謝しております。
【質疑応答】
質問: オリンピック公式映画はこれまでたくさん観てきました。監督の作品は個性があり、これまでの作品とだいぶ異なる印象を受けました。複雑で、多面的で、様々な声が反映されていました。二作であることもユニークです。この映画の制作過程について伺います。作品は予定通りのものですか? それとも途中で変わっていきましたか?

河瀨監督:
質問のお答えとしては、計画していたものとは、まったく違う作品になりました。
私は、この作品に三年半の時間を費やしました。そして、COVID‑19というウイルスに翻弄され、パンデミック下でステイホームが求められ、全世界が活動を休止させられました。もちろんオリンピックも史上初の延期となりました。そして、(オリンピックを開催しても)無観客という事態になりました。だからこそ、「SIDE:A」「SIDE:B」の二つを作らなければならないと思いました。つまり、アスリートだけにフォーカスしたこれまでのオリンピックドキュメンタリー映画ではなく、これはこの時代の人類に何が起きたのかを描く、オリンピック開催に向けて下支えした人々、尽力した人々、また開催を反対していた人々の思いを込めて描かなければいけないと思うようになりました。また、百年後、二百年後の人たちにも、別のウイルスで、このようにオリンピックの開催が困難になった時に、何かの指針になれるような作品でなければいけないと思いました。単なるドキュメンタリーではなくて、私が見たこの時代の現実を、映画監督として映画にしたつもりです。
五月にカンヌ国際映画祭で「SIDE:A」を上映した時に、IOCのメンバーも同席しました。そして、「私たちはこれまでオリンピックの記録映画を作ってきましたが、あなたの作品はアスリートにフォーカスしているだけではなく、アスリートという人間像にも迫った作品になっていました」というコメントをいただきました。これは私にとって、非常に嬉しい評価でした。


質問: 素敵な映画をありがとうございました。オリンピックの開催者の近いところから撮影していたので、そういう撮影をする時の苦労や工夫があればお聞かせください。

河瀨監督:
私は2018年に(総監督に)就任して、2019年の一年前の(オリンピック)イベントから撮影を開始しました。その時COVID‑19はなくて、近づいて撮ることも困難ではありませんでした。近いところで撮れているように見えたかと思いますが、実際は2020年になってからは一度も選手にアクセスできませんでした。その時は大会関係者、組織委員会、医療関係者、ボランティアといった方々で、アクセスできる人には、「できるだけ近い距離感で撮影をさせていただきたい」と申し出ました。
ドキュメンタリーというのは、人との関係性によって、その物語の強度が増すと思います。そして、時間をかけることは、とても大事です。そういった意味では、ちゃんとフォーカスできた競技とフォーカスできなかった競技がありましたし、無観客の状態も含めてスクリーンの中に人がいない状況を描くことや、人との距離感があり、どうしても遠く離れてでしかフォーカスできない状況もありました。そのような中でもインタビューはクローズアップという、大きなフレームで映したのは、できるだけ人の内面が見え隠れするようにしたかったからです。人と二メートルの距離を保つ必要があったので、ズーム(望遠レンズ)で撮りました。そのサイズを選び距離を詰めて撮った演出は、敢えてそうしました。そのショットの紡ぎ方が、「これまでのドキュメンタリーとは違う」と言われている所以でもあるかと思います。


質問: 村長としては、有権者の方々にもこの作品を観てもらいたいかと思います。座間味村の皆さんに、どのように受け止めてもらいたいとお考えでしょうか。

宮里村長:
今回の聖火リレーが決まり、(その後)中止になるかもしれないという話が出た時に、村民に確認しました。すると村民の方々のほとんどが、「出たい」「見たい」「そばにいたい」と答えてくれました。最終的に、予定通り聖火リレーを開催して本当に良かったと思っています。
実際に映像に残っていること、それだけではなくて、今回作品を観せてもらった時に、これまでマスコミなどを通じて(第三者に)伝わらなかった東京2020オリンピックの舞台裏と人々の葛藤が含まれていたことから、私は村民にぜひ観てもらいたいと思いました。(東京2020オリンピックを)どうしたら成功できるのか、そのためには何が必要なのか、私たちのかわいい子どもたちも含めて、この作品を観ることで素晴らしい人間に育っていくように思えますから、私はすべての方々に観ていただきたいです。
先ほど河瀨監督から「いつかは座間味で上映会をしたい」というありがたい言葉がありました。私も上映会ができるように、一生懸命頑張っていきたいと思います。
COVID-19でどこの自治体も大変な思いをしております。同じようにオリンピックの開催はもっと大変だったかと思います。諦めるのは簡単だと改めて思いました。河瀨監督とお話をし、今回の作品を観ることにより、諦めずに目的を達成するにはどうすれば良いのか考えさせられました。これからの人生だったり、政治活動だったり、子どもたちの成長にとってとても素晴らしい映画になっていると思います。座間味村での上映会を実現させたいと思っています。河瀨監督、よろしくお願いします。


河瀨監督:
私も、英語通訳が入る前に一つお話してもいいでしょうか(笑)。これは本当に大事なことです。一年前を思い返してもらうと容易に想像できると思います。(聖火リレーを開催した)5月3日の沖縄は緊急事態宣言下でした。その時は、石垣と、この小さな座間味村でしか、聖火リレーができませんでした。ほかの自治体は(聖火リレーを)中止しました。ほぼ国民の八割がオリンピックの開催に反対をしていた苦難の中で、(聖火の)トーチを島に持ってくる時に、どのような声があがったのか、想像すると胸が痛いです。「小さな島に、COVID-19患者が一人でも入ったらどうなるんだ」「誰が責任をとるんだ」と、たぶん言われたと思います。それでも、今日お話されたように、子どもたちの未来のためにも、聖火がやってくることの意味を、真剣に考えた宮里村長がいたからこそ、この作品の中で子どもたちは笑顔でいます。「(日本での五輪開催は)一生ないと思うから」「去年の先輩のためにも僕たちが一生懸命に(サバニを)漕ぐから」と言った子がいました。想像すると、一年前に(当初の予定通りに)オリンピックが開催されていたとしたら、つないだ子たちが、つなげられなくなることもありえました。そういう悔しい思いをした人たち、できなかったことがいっぱい隠れている中で、(諦めずに聖火リレーを)やった人が記録されること、記録できたことを私はしあわせだなと思っています。本当にありがとうございました。(会場:拍手)

宮里村長:
こちらこそ!(笑顔を見せる)

質問: 一つの作品の中にジェンダー、COVID-19、アスリートといろいろな物語がありました。今後五十年、百年経って、このオリンピックはどのように思い出されると思いますか。

河瀨監督:
これが質問の答えになるのか分かりませんが、この映画は観た方々それぞれの映し鏡のように、その時の自分の状況や思いの中で観られると思っています。つまり、私は今回の映画「SIDE:A」「SIDE:B」では、片側だけのイメージで描いていません。何かの分断が起きているかのように見えるシチュエーションの中で、「A」「B」の人々は同じ地平で描きました。ですから、そこを観た人が、ご自身の感覚でどちら側に心を寄せるのか、それにより見え方がまったく変わってくると思います。そして、ジェンダー問題についても、2021年当時は日本女性の社会進出や役員就任の人数においても、(諸外国に比べて)日本は非常に低い数値になっています。そういう現実の中で、例えばアスリートにしても、結婚、妊娠、出産を経て、トップアスリートとしてはどうしても活躍できる土壌がないというような現実も記録しました。でも、これを五十年後、百年後の人々が観た時に、「あの時代はそうだったんだ」「でも、五十年後の今はそうではない」となり、それなら「時代の転換期はどこだったのだろう?」という見え方になるのではないかと思って作っています。
皆さんそれぞれが、どのように観るのかを私が何か言える立場ではなく、私はすべての感じ方を、フラットに観てもらえるように、描いたつもりです。


質問: (英語と日本語で質問)映画「SIDE:A」「SIDE:B」の両方を拝見しました。コンセプトの違いが重要だと感じました。大きなテーマと個人的な物語があり、「SIDE:B」では河瀨監督の声が入っていました。作品の中にご自身の声を入れることについての見解を伺いたいです。

河瀨監督:
手法のことに言及することになりますが、あれは私の声ではありません。私がカメラを構えて、撮っている被写体はリアリティがありますが、こちら側の声は、あとから構成して付けたものです。「純然たるドキュメンタリーであるか」と言えば、私自身も最初のプライベートドキュメンタリーの時から、いろいろな意味でフィクションの部分があります。ただし、ドキュメンタリー映画というのは、その監督のまなざしで描かれるものです。この世界にあまたある現象のうちカメラを向ける対象は、一つしかないわけで、その一つのどこを撮るのかは、作家性という意味において、その監督のまなざしになると思います。同じ現実を捉えるにしても、私が撮るものと、是枝(裕和)監督が撮るドキュメンタリーではまったく異なります。そういう意味で、私にしか撮れない今回の東京2020オリンピックが「SIDE:A」「SIDE:B」であって、良かったと思っています。それは、IOCから最初に制作を依頼された時に、「市川崑の時代に立ち返りたい」「あなたにしか撮れないものであってほしい」ということでした。その依頼は全うできたのではないかと思っています。それまでのここ二十年ぐらいのオリンピックの公式映画は、誰が撮ってもそんなに変わらないような、ひな形に基づいたかのような、どこの国であっても変わらないようなエピソードがはめ込まれていたと思います。でも「あなたにしか撮れないオリンピック映画を撮ってほしい」と言われ、その依頼に基づいて作りました。皆さんが思い描く、オリンピックの公式映画があるのであれば、莫大なお金が投入されて、IOCのひな形にエピソードをはめ込んでいく、そういうものをイメージされたかもしれません。もっといえばTOCOG(公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会、英: The Tokyo Organizing Committee of the Olympic and Paralympic Gamesの略称)の言う通り、政府の言う通りに撮っているのではないかと思われているかもしれません。でも、作品をご覧になった方は「河瀨映画ですね」と受け止めていただいています。それこそが、私が三年半をかけて、自分のこれまでの映画監督としてのスキルをすべて投入して作り上げたものであると誇りを持って言えます。お金も市川崑時代と同じお金しか使わせてもらっていません(笑)。本当に、そのような中で、一年延期になって、追加予算もほぼないです。私自身がカメラを回して見えた世界です。「SIDE:A」「SIDE:B」はどちらにも8ミリフィルムの映像が入っています。私が一番最初にフィルムに触れた感覚で、この2019年から2021年までの東京で行われたオリンピックを自らのまなざしで作り上げたものです。

質問: 東京2020オリンピックにご出場するために南スーダンから来日され、(群馬県の)前橋に二年半滞在されました。閉会後いったん、南スーダンに戻り、再び来日されたと伺いました。映画の内容からは少し離れますが、近況と、オリンピックを経験されたことによる未来への展望をお聞かせください。

アブラハム選手:
いい質問をありがとうございます。
今は、パリ大会に出場することを目標に、日本の阿見スポーツクラブに所属してトレーニングを続けています。東京大会に出場したことで貴重な経験が得られました。
阿見スポーツクラブは、中距離の選手が主でして、良いトレーニング相手であり、良き友人であり、家族のようです。落ち着いた環境にいることで、体制も整い、パリ大会に向けて頑張っています。パリ大会では正規の出場資格を得て、最前線で最強の選手たちと競いたいと思っています。


MC: 本日はありがとうございました。

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