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大沢たかお×三池崇史監督 "大人のオトコたち"による今宵限りのトークショー開催!

2015年03月12日

「風に立つライオン」ビルボードトークショー

<左から、三池崇史監督、大沢たかおさん>

三池崇史監督が主催する「三池崇史監督 presents 大人だけの空間」が3月12日、東京・六本木のビルボードライブTOKYOにて行われ、最新作「風に立つライオン」で主演を務めた大沢たかおさんと三池監督によるトークショーが行われました。

第13回目を迎えた、飲酒喫煙OKの自由な空間で映画を楽しむ三池監督恒例のイベント。以前にも「藁の楯 わらのたて」でゲスト出演した経験のある大沢さんは終始リラックスした様子を見せ、三池監督と作品誕生の経緯を説明。その裏にあったさまざまなエピソードを明かしました。三池監督によって、知られざる大沢さんの"素"の顔も垣間見えたトークショーの模様をレポートいたします。

三池崇史監督

公開がもう明後日に迫っています。でも我々としては今さら何か手を加えることはできません。できるだけ多くの人に観てもらうために何ができるのかというと、こういう風に皆さんに観てもらって、楽しんでもらって、その情報をいろいろな人と共有してもらうことかなと思っています。
今日はパンフレットは売っていませんが、映画を観て「パンフレット欲しいな」と思われたら、14日から公開になりますので劇場に行ってもらえればと思います。難しい話はパンフレットにあります。ですので今日は比較的ゆるめにいきたいと思います。それでは、お呼びしたいと思います。大沢たかおさんです。
(大沢さんの登場に)ヤバいですよね。でも、そんなに年が違う訳じゃないんです。これほど不平等でいいのかというのを、いつも監督しながら感じています。素晴らしい俳優さんです(笑)。
大沢たかおさん(島田航一郎役)

こんばんは。大沢です。今日はよろしくお願いします。



三池監督:
皆さんご存知だと思いますけれど、映画を作って公開間際になりますと、キャンペーンをやります。今回も、大阪に行ったり、福岡に行ったりしました。そして今日は、業界で言うところの"電波ジャック"で(大沢さんは)朝6時から働いています。なのでさっき楽屋に入ってきた時は半分寝ていました(笑)。このトークショーの途中で寝てしまっても、そこは優しく許してもらえればと思います。どうも今日はお疲れさまでした。

大沢さん:
お疲れさまでした。

三池監督:
まずは朝の「ZIP!」ですね。その後、「スッキリ!!」「PON!」「ヒルナンデス!」、そして「news every.」が終わってから、「NEWS ZERO」。そのテレビ局は? (客席「日本テレビ!」)そうなんですよね(笑)。その日本テレビのプロデューサーの藤村さんという方が僕らを担当をしてくれています。僕も今までいろいろな映画を作ってきたけれども、その人が一番自由に表現させてくれる空間を作ってくれました。さださんがお書きになった曲を映画にするといった時に、いろいろ余計なことを考えずに、作品のことだけを考えて撮影できる環境を作ってくれました。そこで生まれた作品です。大沢さんって、そういったプロデューサーさんの違いや熱といったものは感じますか?

大沢さん:
そうですね。藤村さんというプロデューサーの方は、とにかく素敵でチャーミングで、最初に会った時に「ああ、この人に全部預けて、この人と監督が組んでやる中で、自分は一生懸命生きるだけでいいんだな」と思いました。そう思ったのは、本当にそのプロデューサーと三池監督の影響が大きいですよね。

三池監督:
見た目はムーミン谷の住人のようなんですけれどね(笑)。

大沢さん:
あれ? さっきいましたよ(笑)。

三池監督:
今いらっしゃいます? あ、あの方です! たぶんムーミン谷出身だと思います(笑)。
話は変わりますが、キャンペーンで、どこに行っても、必ず同じ質問をされました。もう何回も、何万回もです。...というのは大げさですが(笑)。それぐらい繰り返し言わなければならなかったのが、なぜ28年前にできたこの「風に立つライオン」という楽曲が小説になり、映画になったのかということです。しかも、これは企画が大沢たかおですから、「その経緯は?」ということを聞かれるんです。もう、クラクラめまいがするぐらい聞かれました(笑)。夕方になると、「それはさっき言ったので、さっきの人に聞いてもらえれば...」「プレスに書いてあるので、それを読んでいただければ...」と言いたいところを、大沢さんはグッと踏みとどまって何度も答えたんですが、それをもう一回ここでお願いします(会場笑)。


大沢さん:
いや、もうね、この話をするのがだんだん苦になってきています(笑)。苦じゃいけないんですけれど...。さだまさしさんの「風に立つライオン」という曲がありまして、前からその歌がものすごく好きでした。ある時さださんとお会いする機会があったので、その時に自分のこの曲に対する思いとか、主人公の考えが、自分の人生と共感・共鳴するところがあって、これを映画という形で劇場で観てみたいんだ、ということを話したんですね。「この人の生き様を見てみたいし、自分がそれを見て感動したいんです。そのためには、まず小説がないと。音楽だけではさすがに分からないことがあるので、書いてくれませんか?」と、そうお願いしたのがきっかけだったんです。
でも、僕は自分の思いだけでそれを伝えたんだけれど、それを書くというのは、その何倍も何百倍もエネルギーを使うということまで本当は考えなきゃいけなかったんです。そこから4年ぐらい経ってから、「小説を前向きに」というお話がさださんからあって、2年前に小説が誕生しました。そして「映画に」という話が出てきました。そして藤村さんという本当に素晴らしいプロデューサーに出会いました。
僕は最初のきっかけではあったかもしれないけれど、作り手のプロではないし、こんなに素晴らしい作り手のプロの方がいて、その人と共鳴するのなら、さださんのバトンは藤村さんに渡そうと思いました。そして、藤村さんに渡ったバトンが、日本映画界のスーパースターの三池監督に渡って、僕をキャスティングしてくださって、昨年の秋に撮影が始まって、ようやくできたという流れなんです。


三池監督:
一言で「小説にする」と言っても、さださんが歌にされた後も、歌にするまで結構時間が経っているんですよね。さださんが20歳ぐらいの時、歌を作ることでお金を儲けるプロになる前ですね、その時にお父さんのお友達で、この映画の主人公のモデルになった柴田紘一郎さんとお父さんが飲み屋で話しているのを隣で聞いて、「すごい人たちがいるな。ケニア、面白そうだな」と思ったんですよ。それを、歌手になってさだまさしという存在を世の中に表現できるようになってから歌にした。だから、歌ができたのはそれから10何年か後なんですよ。
これは個人的な見方ですけれど、その時さださんは歌を作らなくても良かった。というのは、食べていくために作った歌ではなかったんですよ。だけれど、作らされたというか、作る運命にあったんですね。そして、歌ができてから20年、今度は大沢さんがさださん原作の映画に出演した縁で、「風に立つライオン」を映画化したいと思った。だけれど、その映画の現場でさださんと会った訳ではないんですよね? 一度も会っていないんでしょう?


大沢さん:
その時は会っていないですね。



三池監督:
なのにどうして、さださんに伝わったんですか?

大沢さん:
さださんと仲の良い編集の方がいたので、その方に「伝えてください」とお願いしたのが最初でした。

三池監督:
なるほど。それがさださんに伝わって、さださんの方からコンタクトがあったということですかね? そもそも、普通だったら映画の現場なんかで、原作者の方が来て「今日、撮影が終わったらお食事でも行きますか」となってそこで話すんだけれど、そうじゃないんですよね。

大沢さん:
そうですね。僕はさださんが原作を書かれた映画に2本出ていて、1本目が「解夏」という作品で、2本目が「眉山」という作品でした。その「眉山」を撮り終えた後、(さださんを)ご紹介してもらう機会がありました。でも、一緒にご飯も食べず、本当に紹介してもらっただけでした。それ以来、会うことはなかったんです。けれど共通で知っている出版社の編集の方がいらっしゃったので、その方に「風に立つライオン」の話をしてくださいと1年以上お願いしていました。

三池監督:
それで直接会う訳ですよね。「風に立つライオン」という歌は、日本に残してきた恋しい人に送った手紙が歌詞になっているんですよ。大沢さんとしては、「その手紙を書いたこいつに一体何があったんだ?」「なんでこれを書かなきゃならなかったんだ?」「そもそもどんな人間なんだ?」というところにすごく惹かれたということですよね。

大沢さん:
何かを抱えていて、その抱えているものが彼を日本から脱出させたのだろうと思いました。大好きな恋人と離れてまで何を求めていたのか、一体何を抱えて、何を思っていたのかということに、答えは分からないんだけれども、自分が子どもの頃から育ってきた中でずっと抱えてきた悩みや、普段うまくできないこと、イライラすることと連結する何かがあるような気がずっとしていたんですよね。

三池監督:
それで、さださんは「やってみよう」となったんですか?

大沢さん:
最初はその編集の方にお願いしていたんだけれど、「いい返事はもらえない」「まだ難しい」という感じだったんです。なのでこれは直接交渉をしなくちゃいけないなと思って、さださんのファンクラブのイベントに強引に出まして、そこで「これ、観てみたいんですよね」という話をしました(会場笑)。その時もさださんからは「ああ、なんかそんな話をちょっと聞いています」という感じで前向きな言葉はいただけなくて、ああ、これはアフリカに行くしかないなと思いました。
その時たまたま、アフリカに行ってドキュメンタリーを撮る企画があったので、向こうでみんなに「風に立つライオン」を聴いてもらって、「自分は今回、これを見つけに来たんだ」というものを撮ったんですね。それをさださんが観てくれたんです。それで「ああ、これは本気で考えている」と初めて思ってもらったようで、そこから気にしてもらうようになったんですよね。


三池監督:
でも、それですぐできた訳じゃなくて、そこから数年かかったでしょう?

大沢さん:
それはおそらく、さださん自身は明言しないんだけれど、3.11の大震災が大きなきっかけになったのかなと感じることがありました。

三池監督:
さださんの歌をご存知の方も多いと思うんですけれど、さださんが歌詞で書かれた手紙の文面の中に、今を暗示するような言葉があるんですよね。歌を書いた時に、2011年の出来事なんて、いくらさださんでも想像できなかった。そして詞を書いた人間に、その後に起こったことが全部返ってきて、逃げられなくなってしまった。そこで、小説にすべきだと思った。それまでの「なぜ小説にすべきか?」という糸口が見つかったんだと思うんですよね。

僕ら、さださんとキャンペーンなどで会ったりするんですけれど、そういうことをさださんも語らないし、僕らも聞かないんです。というのは、作り手というのは、「あれはこうですよね? ああですよね?」と質問する人間ではなくて、作られたものからどう感じて、自分たちの作品としてどう表現するかという人間だと思っているからです。さださんからその話は一度も聞いたことがないんですけれど、僕も間違いなく震災があったことがきっかけになっていると思います。震災後にさださんは石巻に行ってコンサートを開いたりしていました。さださんには歌という強さがあるんですけれど、その強さがあっても自分の無力さ、悲しさを深く感じて、そこで島田航一郎が残したものがあったらどうなんだろうと繋がっていくストーリーができあがった。「それは作り話で甘い物語だと言われるかもしれないけれど、そんなことは構いやしない。こうあってほしい。こうあるべきだ」というのを、小説に書いたのかなと思っています。
それをおそらく日本映画界の中でも一番、簡単に人を殺してきた私が撮るのはどうなのかと思われるかもしれません。しかし根本的な思いは一緒なんです。島田航一郎という人はどんな人でどうなっちゃうんだろう、ということをずっと考えて取り組んできました。たとえば、それを極道世界にいる人でやろうとすると、よりバイオレンスに転がっていくんだけれども、それはその方がその人たちがよりキラキラ光るから。それと同じように、島田航一郎を追い求めていった結果、僕の中で奇跡が起きました。すぐ母親に「僕でもできるぞ、映画に!」と電話しました(笑)。

要するに、僕らが偉そうに作家として「この映画はこんな映画だ!」と作るのではなくて、人生の中でいろいろな出会いがあって僕らは作らされている、自分が昨日までできなかったような、観たこともなかったようなものを作れるんだということを、ものすごく実感できたんですよ。
この作品は大沢さんが小説化、映画化を望まなければ生まれなかった作品なんですよね。だけれども、これは大沢さんが大事にしてきたもので、さださんともお会いしているのに、一言も「こうあらねばならない」ということを(大沢さんから)言われなかったんですよね。さださんに至っては、「主題歌どうしますか?」と言っていました。すごい質問だなと思いました。主題歌は...「風に立つライオン」ですよね(笑)。
最後にもちろん流れるんですが、ちょっと感じてもらいたいのは、その歌は28年前に作られた歌だということなんですよ。それからいろいろあって、今歌う。じゃあ、詞を変えるのか? さださんは、歌を大事にされた訳ですよ。だから、物語と少しギャップがあるんです。そのギャップの中にこそ、さだまさしと、大沢さんと、我々が過ごした時間というのがあり、それが明らかにこの映画の中に宿っているんですよね。いろいろテクニックでこうしてこうすれば感動するよねということはできるんだけれど、これはそういう映画ではありません。自分の中では本当にこういう映画を監督する機会というのはなくて、もう二度とできない作品だなと思っています。

今日これから観てもらう訳だけれど、いろいろな感じ方があると思うし、男性女性でかなり見え方が違ってくると思います。その辺、大沢さんはどうなんだろう? 
普通は初回に業務試写会として、プロデューサーとか出資者とかみんな集まって、シーンとした状態で観るんですよ。それは、自分のやった仕事がどうなっているだろうという確認です。今回、大沢さんも自分が演じた仕事を観るという、確認に集中しましたか?


大沢さん:
本来であれば、監督もおっしゃるように製作チームと一緒に観て、自分のした仕事をジャッジしなきゃいけないですよね。自分がやったことがどうなっているのか、受け止めなきゃいけない瞬間だと思います。だから、なかなか映画を楽しむというところまで到底いかなくて、だいたい終わると自分の反省ばかりで、そのあと1週間から10日、1カ月ぐらいは反省と後悔を繰り返すんです。でも、僕、俳優になってちょうど20年で、これまで80本近く撮ってきたんですが、初めて自分がやった作品を出演者じゃなくお客さんとして観ました。観終わった時に自分が出ていると思わなかったんですよね。島田航一郎という人に感情移入して観ていました。

三池監督:
いますよね、あの人(島田航一郎)。確かにいるんです。

大沢さん:
ええ。それで終わった後に、恥ずかしいんですけれど「これ、すごいな」と言っちゃったんですよ。関係者がいるのに...。自分が出ているんですよ(笑)。だから本当に手前味噌なんですけれど...。そこには、共演する女優さん、プロデューサーの方、製作委員会の方がいて、みんな映画を観に遊びに来ているのではなくて、自分の仕事をしに来ているんですよね。ジャッジして、宣伝部はどうするのかということを、みんなで確認するために来ているんです。だけれど、終わった後、全員が沈黙して、涙と、拍手。みんな立ち上がれなくなっているし、会話もないし、ため息というか、沈黙というか...。こんな緊迫して終わる映画は初めてでした。それに、自分が100%映画を感じたというのも初めてでした。自分が出ていることを忘れさせてくれたのも初めてでした。自分が演じた人物なんだけれど、自分と違う人格を持って生きているんだなということをその人物に感じたのも初めてでした。台本も知っているし、小説も読んでいる、あれだけ曲も聴き続けて撮影をしたにもかかわらず、まったく知らない映画という生き物がそこにいたのも僕は初めてだったので、もう衝撃でした。

三池監督:
そこに、さださんもいたんですよ。監督としては、もう針のむしろですよ。さださんにとっては40年間の仕事ですから。「映画の奴らにやらせるとこうなんだよね」と思われたら...と思いますよね。そう思われたら、映画というものがダメになっていっちゃうということだから...。でも、その時点では(映画を)作り上げた後だから、僕としては一緒に座って観ているしかない訳ですよ。...でも、さださん、かっこいいんですよね。「最後に僕の歌がなければな」って言ったんです。完璧ですね(笑)。つまり、さださんは歌が本業ですから満足しないんですよ。「ああ、このエンディングだったら、もっとうまく歌わなきゃ。もっとうまく歌えるのに」と思う訳です。あの大ベテランのさだまさしが、「ここで歌うんだったら、もっとこうやって歌わなきゃいけない」というのを、すごく冷静に言っているんです。その目を見た時に、この人すごいなと思いました。

しかも、何がすごいって、映画のエンディングってだいたい4分ぐらいなんですけれど、普通はそこに曲を合わせるんですよ。今日は間違っちゃいけないので書いてきたんですけれど、28年前に発表された「風に立つライオン」は8分51秒。これ、長いですね(会場笑)。でも、「長い」って言えないんです。それだけの長さがあるから表現できたこともあるし、支持されたんです。そこを僕が「さださん、これちょっと映画のエンディングとして長いかもしれないので、できればでいいんですけれどグッと凝縮してもらって、エキスだけをギュウッと...」とお願いしたら、さださんも「そりゃそうだよね」と言いました。さださんも映画のことが好きなので「分かりました。やってみましょう」と言ってくれたんですよ。「ということは、歌い直してくれるんですか?」「歌い直します。任せてください」と言い切ったんですよ。そして年末、大みそか近くに「やっとできました」と連絡があったんですけれど、その声がちょっと小さいんですよ(笑)。「あれ?」と思ったら、できあがった曲が9分37秒(会場笑)。正確に言いますよ(笑)。46秒長くなっているんです。「これはどういうことだ?!」と思ったけれど、聴いたら納得しました。40年間の想いを凝縮したんですよ。それを時間という尺度だけで測るとたしかに長くなっているんだけれど、その瞬間にすごく嬉しくなったんですよ。さだまさし、アインシュタインを超えたなって(笑)。物理学では到達できないところにさだまさしの歌がいったんですよ。その時ちょうどエンディングの編集に差し掛かっていて、いろいろな手を使うこともできたんだけれど、その曲の通り、曲を聴いてパッパッと編集していきました。そのままのものが映画になっています。もう一回聴きなおして、ここにこれを入れて、こうしたらもうちょっと泣けるかな...なんていうことを完全に拒否する歌だったんです。それにはビックリしました。
それでこの間、オーケストラに集まってもらって試写会で歌ってもらったんですけれど、またビックリしました。7分30秒になっていたんです(会場笑)。「えっ! できたんじゃん!」と思いました。それは最後のコーラスがなかったからなんだけれどね(笑)。シネマバージョンといって、この映画のためだけに歌ってもらったバージョンなんですけれど、あの壮大に長くなっている歌を聴かれて大沢さんはいかがでしたか? 


大沢さん:
本当に素晴らしいと思いました。監督もおっしゃったように、何十年といういろいろなものが込められていること、込められているものを感じましたね。短くなったり、長くなったりというちょっとした変化の奥にある時間の経過とか、そこまでに起きた出来事が、先日演奏されたさださんの歌に乗っていたので、僕はその時、「心が震えた」と話したんですけれど、そう思いました。

■ここで、「そろそろ...」という声がかかり...。

三池監督:
あ、最後に! 大沢たかおって、男としても魅力的なんですけれど、何が魅力かって欠点があることなんですよ(笑)。僕ら、キャンペーンで食事をしたり、お酒を飲んだりするんだけれど、僕らが「あれ?」と思うのは、大沢さんは野菜を残すんですよ(会場笑)。プレートの上にある野菜を100%残します(笑)。お肉は全部食べるし、「もっとないのか」と言うんです。しかもね、インターネットで調べると、「牛は牧草を食べているから、牛を食べると僕も野菜を食べていることになるんだ」と言っていたというね(会場笑)。それ、どうなんですか(笑)。

大沢さん:
これ、僕も悩んだんですよ。自分の食生活がどうしてこんなことになっているのかって...。でも、ライオンを考えると、ライオンは草を食べていないんですよね(会場笑)。草を食べる時って、むしろライオンとしては具合が悪い時ですよね。ということは、シマウマを食べるのは、草を食べるシマウマから栄養をもらっているんだと思ったんですよ。

■最後に、大沢さん、三池監督からメッセージが送られました!

三池監督:
本当に今日はありがとうございます。ここは映画館ではありません。完全な状態で観てもらいたいという気持ちはあるんですけれど...。スクリーンの良さとか音響の良さとか、いろいろな環境があるので、映画っていろいろな楽しみ方ができるんだというのをちょっとでも感じてもらえればと思います。そして、「風に立つライオン」が少しでも皆さんの心の中に残って、何か必要になった時に自分が意識しない中でもふっとお役に立てればと思いながら、映画監督として精一杯作った作品です。最後までごゆっくりと観てもらえればと思います。では、最後に大沢さんから締めのご挨拶をお願いします。



大沢さん:
今日観てもらうこと、感謝しています。この作品は、自分の出ている映画というよりも、生き物で、宝物で、たぶんこういう経験はもう一生することがないと思っています。本当に素晴らしい作品に出させてもらったと思います。島田航一郎という人間は、自分も映画で観ながら、間違いなく僕ではないなと思っていて、だから僕、すごく映画を楽しめたんだと思います。たぶん島田航一郎という主人公の一部は、さだまさしさんであり、三池監督であり、肉体の一部はもちろん僕であり、そしてプロデューサーの藤村さん、そしてスタッフであり、そのみんなの思いが島田航一郎という形になっているんだと思います。よくよく観ると、島田航一郎って皆さんの心の中にいる何かではないかと、僕はすごく感じました。それは何かというのは、皆さん人それぞれだと思うし、皆さんに感じてほしいなと思います。
そして、この映画は命のバトンというものがテーマになっているので、さださんから監督に渡って映画になったこのバトンが、皆さんの心に届けばいいなと思います。そのバトンを受け取って走るもよし、止まるもよし、歩くもよし、何でもいいんですけれど、せっかくだからそのバトンを持ってよりよく楽しく、今日から過ごしてもらえればなと、心から願っています。今日はどうもありがとうございました。