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虹の女神 Rainbow Song
虹の女神 Rainbow Song 公開終了
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◆プロダクションノート


●虹の女神に祈る!?
  4月25日、ついにクランクイン。約1ヶ月半に渡る『虹の女神』のロケは、8mmフィルムによる劇中映画「THE END OF THE WORLD」の撮影からスタートした。虹が象徴的に使われているこの映画は快晴に迎えられ…と言いたいところだが、実際には初日の撮影中にヒョウが降るという波乱の幕開けだった。

  とにかく雨に祟られたロケだったが、スタッフの労力なくしてはこの映画の完成はありえない。あおいが通う大学での撮影は、群馬県の大学のキャンパスにて計3回行われたが、自主映画の打ち上げシーンは素晴らしい5月晴れ、あとの2回は雨になってしまった。シーンがつながらなくなってしまうということもあって、ビニールシートで地面を覆うなどスタッフ総動員で雨対策。本番直前まで地面をはいつくばって水たまりを拭くスタッフの姿があった。

 気まぐれな空模様に思わず祈りたくなる場面もあった。智也とあおいが出会ってすぐに一緒に虹を見る…という重要なシーンが撮影された日は、一日の中で晴天、曇天、夜は嵐とめまぐるしく天気が変わった。撮影場所はなかなか熊澤監督のイメージに合う場所がなく、当日になって眼下に運動公園が広がる見晴らしのよい土手に決定。この日場所を変えて3つのシーンを撮らなくてはならないというタイトなスケジュールの中、天候の回復を祈るように待つ。雲間から太陽がのぞくチャンスをねらって、撮影開始。西の空に‘天使の梯子’が見えてきた。本当に虹が出るか!?と期待させるくらいの空だった。このシーンの撮影が終わって、スタッフ一同ほっと胸をなで下ろす。この数時間後、この地域一帯が落雷と大雨に見舞われたことを振り返ると、まさに奇跡としか言いようがない。

●フィルムへの思い
 この映画に描かれた8mmフィルムへの思いは、自主映画制作に熱中した大学時代を過ごした二人(熊澤監督と岩井プロデューサー)にとっては共通のものだったという。16mmや35mm(※現在の劇場公開映画の多くは35mmが使われている)のフィルムで撮影したいのは山々だが、お金がないので最も安価な8mmフィルムを愛用する映画青年が多かったのだ。劇中に使用されたスプライサーやエディターと呼ばれる8mm機材は、熊澤監督自身の思い入れのある私物である。また、劇中にあおいの撮影手法として登場する“ZC1000とコダクローム40の競演”は、実際そのフィルムの色に惚れ込んだ岩井プロデューサーが、学生時代に試行錯誤の上編み出した最強の方法だった。本来なら8mmカメラZC1000にはコダクローム40のカートリッジは装填できない。それならばと、別のカートリッジにつめ直して装填するというやり方だ。劇中映画「THE END OF THE WORLD」は、実際にこの夢の競演で撮影されたのである。

  しかし、この「THE END OF THE WORLD」ができあがるまでには想像以上の苦労が待っていた。まず、“夢の競演”を実現させるためには、60本近い8mmテープを別のカートリッジに装填し直さなければならない。写真のフィルムを想像してほしい。暗室の中で慎重に作業を行わないと、せっかくのフィルムがだめになってしまうのだ。さらに、それを現像するために、そのフィルムは海を越えなくてはならなかった。というのは、現在8mmフィルム自体がそれほど一般的な撮影方法ではない。そのため、コダクローム40を現像できる業者が国内には存在せず、素材はスイスやアメリカに送られることになった。返送されたフィルムは、OKシーンを抜き出しハサミを入れてネガ編集した後、デジタルテープに変換された。さらに、気の遠くなるほどの編集作業が続いた後、最終的には35mmへフィルムレコーディングが行われた。

  デジタル化が進み、今やレトロと呼ばれる部類の8mmフィルム。「THE END OF THE WORLD」は、そのフィルムの質感に最大限にこだわり、非常に手間のかかる工程を重ねられて完成したのである。

●智也とあおいがそこにいた……
 岩井作品『リリイ・シュシュのすべて』でデビューした智也役の市原にとって、同作と同じ栃木県足利市での撮影はとても懐かしいものだったという。その屈託のない明るさで現場を盛り上げてくれた市原。1日室内での撮影が続く中、高いところに登って「気持ちいー」と叫けぶ姿が今も目に浮かぶ。普段少年らしさの残る彼も、本番に入るときの集中力はスタッフも息を呑む。さっきまでの無邪気な笑顔から、役者の真剣な表情へと切り替わる。撮影中、台本を手にすることはほどんどなかった。ただ、ひたすら監督の言うことを吸収するように静かにうなずく姿が印象的だった。

  一方、佐藤あおいのまっすぐな情熱は、上野の中に見えることが多くあった。あおいだったらこう言うだろう、こうするだろう…自分とあおいとのギャップを埋めるべく、納得できるまで監督と話し合う。積極的に提案もする。その一途さが、映画作りに情熱を注いだあおい像と重なる。今回自分でカメラを持って撮影する機会の多かった彼女は、カメラアングルにも“映画監督を目指していたあおいとして”のこだわりを見せた。クランクアップの日、人目もはばからず号泣していた上野がいた。

  撮影の合間、市原と上野が、智也とあおいに重なって見えた瞬間がある。公園で撮影をしていたとき、親猫からはぐれたちっちゃな子猫をスタッフが見つけてきた。休憩時間に、段ボールに入れて、お弁当のおかずをあげている2人の姿があった。カラスに狙われる猫が多いという近所の人の話に、2人は心を痛めていた。たぶん、自分たちにできることは多くはないということはよくわかっていたと思う。並んで地べたに座って、長い間猫を見つめていた。映画のシーンにはない、学生時代の智也とあおいを見ているようだった。
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