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眉山‐びざん
眉山‐びざん‐ 公開終了
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◆プロダクションノート

クライマックスの阿波おどりのシーンは、日本映画史上類を見ない圧巻のスケールでの撮影!
踊りの再現のために、演舞場には14,200人のエキストラが集合!!


 2006年8月12日、この日から始まる徳島市の阿波おどり。本作は、その実景の撮影からクランクイン。用意された5台のカメラが、阿波おどりのすべてを撮影しようと徳島の街中を走り回った。踊りのリズムに乗せられて、疲れも忘れて撮影するスタッフたち。貪欲に撮影されたフィルムの量は6時間以上となり、それだけで2時間の映画が作れるほどだった。4日間をかけて、本物の阿波おどりの迫力が余すところなくフィルムに焼き付けられた。

  翌8月16日、この日から、前日まで行われていた阿波おどりを再現しての撮影が始まる。場所は、全長122m、収容人数3,200人の南内町演舞場。まず朝9時から炎天下の下、膨大なカット数の絵コンテをもとにキャストと踊り子の動き、カメラアングルを入念にチェック。その後、日が暮れる19時頃から24時までの約5時間の間で集中的に本番の撮影が行われた。感動的なシーンを堂々と演じるキャスト陣、クレーンやレールを駆使して限られた時間の中で大掛かりな撮影を進めていくスタッフたち、踊りや手拍子など同じ動きを幾度となく繰り返して協力する地元エキストラの方々……、そこにいるすべての人が一体となって、1カット1カットどんな妥協も許さず魂を込めて撮影に挑んだ。

  延べ5日間の撮影で、踊り子や観客として参加した地元エキストラの総数はなんと14,200名。400年以上の歴史を持つ阿波おどりがクライマックスを飾る映画は、1941年の「阿波の踊子」以来実に66年ぶりのことであり、本物の演舞場で阿波おどりを再現するのは地元にとっても初めてのこと。特に、阿波おどりを代表する“有名連”の33連が一致協力した豪華絢爛たる総おどりは、実際の阿波おどりでも決して観ることのできないものである。こうして、壮大なスケールで撮影された阿波おどりのシーンは、日本映画史上に残る奇跡のクライマックスシーンとなった。演舞場を縦横無尽に動き回るカメラのダイナミックな映像と踊りの美しさは、本作の大きな見どころの一つである。

【阿波おどり】
400年以上の歴史を持った徳島の夏まつりで、今や日本を代表する民族芸能のひとつ。起源については様々な説があるが、最初から徳島固有の盆踊りとしてあったものではなく、「俄踊り」や「組踊り」といった特殊要素とともに、畿内などで流行していた風流踊りなど、様々な踊りが取り入れられて発展したものと言われている。特に盛んになったのは、阿波藩主・蜂須賀家政が天正14年(1586年)に徳島入りをし、藍、塩などで富を蓄積したことからと言われ、当時“小江戸”と呼ばれた徳島で藍商人が大活躍し阿波おどりを豪華にするなど、長い歴史の中で民衆に支えられ、民衆とともに変化しながら現在の阿波おどりに発展してきたと言われている。

  原作にはこうした経緯を持つ阿波おどりについて、龍子が「江戸の頃から続くこんなに大きな祭りで、これほどどこの権力も関わっていない自由なお祭りなんて他にないよ」と咲子に語る一節もある。

  阿波おどりでは、一つの踊りのグループのことを連<れん>と呼び、数十人から100人、中には300人を超える規模の連まである。連の構成は大きく分けて、まず先頭に連名の入った高張り提灯、その後に踊り子、鳴り物が続く。「男踊り」は、自由奔放、豪快で躍動感あふれる踊りが特徴。一方「女踊り」は、しなやかで上品かつ妖艶な集団美を成す。これらの華麗な踊り子たちを盛り立てるのが、鉦(かね)、大太鼓、締太鼓に横笛、三味線などの鳴り物陣による二拍子の軽快で陽気なリズム。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々!」のおなじみのフレーズは、「阿波よしこの」と呼ばれる唄の一節である。

  毎年8月12日から15日に開催され、約130万人の人出がある徳島市の阿波おどりは、踊り子と観客が一体となって、壮大な乱舞が繰り広げられる一大イベント。まるで一年分のエネルギーが一気に解き放たれ、街全体が踊っているような感じだ。有名連と呼ばれる「阿波おどり振興協会」「徳島県阿波踊り協会」の団体に所属する各連が技術の高い踊りを披露する一方、時に有名人や芸能人のゲスト踊り子を迎える企業連、学生のサークルが結成した大学連などが演舞場に華を添える。本作では、「阿波おどり振興協会」と「徳島県阿波踊り協会」の有名連33連が映画のために一致協力し、延べ2,200名の方によって絢爛豪華な総おどりが再現された。

空前の大規模徳島ロケ敢行!撮影を支えてくれた徳島のみなさんの熱い想い!

  クランクイン前の2006年6月27日に、徳島市・徳島県の地元自治体が中心となって、“映画「眉山」支援委員会”が発足。そのバックアップにより、徳島での一大ロケーションが敢行された。

  本作の徳島ロケは、2006年8月12日から9月25日までの約1ヶ月半にわたり、徳島市内を中心とするさまざまな場所で行われた。前述の阿波おどりの様子を再現した<南内町演舞場>。咲子が寺澤に自分と母のことを語る、徳島市街の美しい夕景を望む<眉山山頂>。母と子の切ない純愛を描いた人形浄瑠璃「傾城(けいせい)阿波の鳴門」の上演を咲子と龍子が鑑賞する<阿波十郎兵衛屋敷>。過去の龍子の恋、咲子の父の記憶にまつわる回想シーンが撮影された<水神(すいじん)の滝(本作では「眉山の滝」)>。カメラ移動用の80mのレールを敷き、咲子、龍子、寺澤らが阿波おどり見物へ向かうシーンの撮影が行われた<富田中央公園周辺>。34才の龍子が咲子の父を待つ回想シーン、そして咲子が父の姿を探す現在のシーンが撮影された<船場橋(本作では「夢幸橋(ゆめこばし)」)>。ほか、実際のお店を使って、劇中の飲み屋「甚平」や龍子のお店「おりゅう」を再現。徳島市大病院のシーンでは、<徳島大学病院>、<鳴門教育大学>、<旧徳島赤十字病院>、<県自治研修センター>など県内のさまざまな施設が使用された。まさに、約1ヶ月半、徳島の街全体が映画「眉山‐びざん‐」の巨大なロケセットになったのである。

  そして、大規模なエキストラ募集は、徳島市の観光課を中心にインターネットやチラシでの告知だけでなく、撮影スタッフが地元のラジオ局の番組に出演しての呼びかけも行われ、その結果のべ17,016名の方々に参加して頂くことができた。さらに飲み物のサービスや警備など撮影スタッフをサポートしてくれた数多くの市民ボランティア、撮影場所での協力者などを加えると、今回のロケに関わった徳島の皆さんは30,000名以上と推定される。通常のフィルムコミッションで行う範囲を越える協力体制をとりまとめた一人、徳島市観光課の薄井氏は「この映画を街ぐるみで応援し、汗をかいて製作に協力できたことは、地元の誇りです」と語る。「この映画を成功させたい」という熱い想いを胸に、徳島ロケを支えてくれた人情味あふれる徳島の皆さん。その力添えなしに本作は語れない。

スタッフとキャストの温かなコラボレーション。

犬童監督は、キャストの動き、表情一つ一つに愛情を注いでいく。例えば、本作でほっと和むシーンである、咲子と寺澤が子どもたちとハンカチ落としで遊ぶシーン。監督は自然な雰囲気をそのままカメラに収めるため、松嶋菜々子、大沢たかおには普通に子どもたちと遊んでもらい、良い雰囲気になった頃を見計らって敢えて「ヨーイスタート」と声をかけずにカメラを回す方法を採用。監督が望む最高の2人の笑顔がフィルムに収められた。また、母・龍子の見せ場でもある、軽口を叩いた看護士と寺澤に龍子が強烈な啖呵を切るシーン。監督は「啖呵を切り、襟を正してしゃんと居直り、深々と頭を下げる」という脚本の動きをどう形にするか、宮本信子と現場で相談をしながら緻密に作っていった。宮本信子が自由に動き、監督が修正を加え、そしてまた動いてもらう。龍子のキャラクターが強く表現されるシーンだけに、段取りを繰り返し丁寧に確認しながら、俳優が最も気持ちを表現しやすい演技を引き出し、撮影を進めていった。“正義感が強く曲がったことが嫌い”という龍子のキャラクターが、見事にこのシーンで表現されている。

  いつも温かい空気が流れていた犬童組の現場。役柄のお龍そのままにスタッフを元気づけ、さらに新人女優の黒瀬真奈美を優しく気遣い、いつも周りを盛り立てていた宮本信子。犬童監督のその場のサプライズ的な演出を心から楽しんで芝居をしていた大沢たかお。スタッフに気を配りながら、主演として現場を牽引していた松嶋菜々子。咲子役の松嶋は、スタッフの疲れがちょうどピークに達したある撮影の終了間際、セットのパソコンにスタッフへのメッセージを残したこともある。「みなさんお疲れ様でした。また明日現場で会いましょう! 明日も早いですね! 咲子」。この文章に、みな心を打たれた。天候に左右されたり、連日夜遅くまで続いたりと過酷な撮影だったが、スタッフはキャスト陣の思いやりに元気づけられ撮影を乗り切ることができた。

  犬童監督の丁寧できめ細やかな演出、スタッフ・キャストが心を通わせた温かみが、優しい色合いとなって本作を包んでいる。

一年以上の時間をかけ完成した脚本。

  本作の遠藤プロデューサーが原作を手にとったのは、2004年12月。「原作の母娘を中心にしたストーリーと、壮大でエネルギッシュな阿波おどりが非常に映画的」と感動し、本作は映画化に向けて動き始めた。翌2005年8月、犬童監督らメインスタッフが本場の阿波おどりを見に徳島を訪れた。3日間、撮影を想定して徳島の街中を歩き、演舞場での総おどりはもちろん、アーケードや路地などいたるところで踊っている人々を目の当たりにする。「街全体が踊っている様子を撮影したい。とてもゴージャスになる」と犬童監督。そこから本格的に脚本作りが始まり、決定稿があがったのは2006年の7月。その間、咲子の母親に対する気持ちの部分を中心に打ち合わせを繰り返し、医療監修、阿波弁、阿波おどりの見せ方など様々な角度から検討を重ね、いくたびもの改訂を経て完成した。

スクリーンを彩る、美しい音楽と衣装。

  監督は当初から音楽をとても重要視していた。「『眉山』という組曲に、撮影した画を貼っていくイメージ。阿波おどりのお囃子と融合する音楽を」と犬童監督はリクエスト。音楽の大島ミチルは監督の求めるイメージを具現化するために、パリの音楽家との協同作業を提案した。大島は当地の演奏家の表現力に常々感動しており、いつかパリで日本の映画の録音をしたいと考えていたのだ。「眉山」は、そのイメージに合致する題材だった。結果、力強さを秘めながらもしっとりとツヤのある美しい楽曲の数々が誕生、スクリーンを彩っている。

 また本作で印象的なのが、阿波おどりで咲子が着る萌葱色(もえぎいろ)の浴衣。これは、若い頃の龍子も阿波おどりの夜に着ていたという設定のもので、“母から子へ受け継がれるもの”を象徴するだけでなく、母の恋物語と娘とを繋ぐ重要なアイテムの一つになっている。スタッフは、こうしたイメージに合う生地を求めて京都まで足を運び、染色から制作。美しく仕上げられた浴衣は、クライマックスの咲子の涙を効果的に引き立てている。

父にまつわる母と娘のドラマを印象付けるVFX!

  若き日の母・龍子が父・孝次郎と会う約束をした「夢幸橋(ゆめこばし)」。ここは、年月を経て、咲子が父を探しに行くところでもあり、いわば「約束の地」として描かれる場所である。犬童監督は、過去と現在の違いを出すために、現在は駐車場となっている場所に旅館が建っていた設定にしたいと提案。撮影の日、そこには巨大なイントレ(足場)にブルーバックが張られ、龍子がその前を走り去るシーンが撮影された。完成した映画には、1971年当時の旅館が建ち、母と父の過去の恋愛ドラマが情感豊かに描かれるシーンとなっている。

  また、幼少時代の咲子が父とある約束をした「眉山の滝」のシーンは、ホタルが舞い飛ぶ幻想的でファンタジックなシーン。スタッフは、「リアルなホタルにしたい」という犬童監督の注文に答え、卓抜した技術力を駆使し最高のホタルを作り上げた。こうして、咲子が記憶の底に眠っていた父の残像を思い出す印象的なシーンが完成した。

“眉山”は故郷、そして愛する人を象徴する存在!

  映画のなかで龍子が咲子を産んだ日のことを振り返り、「そのとき、あたしは決めたんだよ。眉山があの人だと思って、お前とふたり、ここで生きていこうってね」と語る山、眉山。さだまさしは原作に「子供の頃から気づけばいつでも眼前にあったこの山は、咲子の中では祖父のような存在と言ってよかった」「母以外に家族のいない、故郷の象徴だった」と記している。

  ノスタルジーをかきたて、訪れる人を温かく包み込む徳島。その街の四季折々の豊かな自然の風景を作り出しているのが眉山である。万葉集にも「眉のごと雲居に見ゆる阿波の山」と詠まれた美しい眉のようになだらかなシルエットが、古くから人々の心をやさしく見守り、癒してきた。はるか遠くに見えるのではなく、まるで市街地に寝そべるように横たわる眉山は、まさに街のランドマーク的存在。咲子と寺澤が乗ったロープウェイで山頂の展望台に上れば、海に流れ込む吉野川や徳島の街並み、大鳴門橋や淡路島、和歌山までの眺望を楽しむことができる。

  この映画における眉山は龍子にとっての思い出の場所であり、母と向き合いたいと願う咲子が寺澤と訪れる場所。登場人物の心のなかに、故郷や愛する人を象徴する山として存在し、大切なものを思い出させてくれる場所なのである。

【献体】
献体とは、医学・歯学の大学における人体解剖学の教育・研究のため、自分の遺体を無条件・無報酬で提供することをいう。学生たちが医学・歯学の勉強を始めるに当たり「より良い医師・歯科医師になるために、自分の身体を使って十分に勉強して下さい」という願いを込めて献体された遺体によって学習をすることは、知識の習得だけでなく、献体に対する感謝の気持ちとその期待に応えなければならないという責任と自覚を持つという点で、大きな精神的教育となっている。献体の最大の意義は、自らの遺体を提供することによって医学教育に参加し、学識・人格ともに優れた医師・歯科医師を養成するための礎となり、医療を通じて次世代の人達のために役立とうとすることにある。
〜財団法人 日本篤志献体協会ホームページより一部抜粋〜
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