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初の海外共同制作の舞台裏が明かされる!
「レッドタートル ある島の物語」完成報告会見・舞台挨拶

2016年09月01日

「レッドタートル ある島の物語」 完成報告会見・完成披露舞台挨拶

<左から、鈴木敏夫さん(プロデューサー)、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督、高畑勲さん(アーティスティックプロデューサー)>

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の短編作品「岸辺のふたり」に、スタジオジブリ鈴木敏夫プロデューサーが惚れ込んだことが出発点となったスタジオジブリ最新作「レッドタートル ある島の物語」。その完成報告会見と舞台挨拶が9月1日、グランド ハイアット 東京にて行われました。
はじめての長編制作に挑んだマイケル監督が、企画から脚本、絵コンテ、音楽に至るまで何度も打ち合わせを重ね、実に8年もの制作期間を経て完成させた意欲作。日本公開に先がけ、フランスやベルギー、オランダなどでも公開され、高い評価を得ています。9月開催の第41回トロント国際映画祭のディスカバリー部門への出品も決定しています。
日本公開が迫るなか、マイケル監督が来日し、完成報告会見に鈴木プロデューサーと共に登壇しました。報告会見では、初の海外共同制作に挑んだ制作秘話や本作がセリフのない設定になった経緯について語られ、本作を観た宮崎駿監督からの言葉なども披露されました。
舞台挨拶には、高畑勲さん(アーティスティックプロデューサー)も加わり、長きにわたる作品づくりの裏側について語られました。そんなジブリ映画ファン必見のイベントの様子をご紹介します。

【完成報告会見】

鈴木敏夫さん(プロデューサー)

マイケル監督の「岸辺のふたり」という作品を観たのが、もう15年ほど前になります。それを観て僕は、この人に長編アニメ映画をつくってもらったら、一体どういうものが出来るんだろうと思いました。(「岸辺のふたり」は)非常に素朴だったんですよ。だから、今回、いろいろな記者の方に、「ヨーロッパの監督、スタッフで映画をつくる。とんでもないことをやられましたね」って質問をされたんです。最初はそれが全然ピンと来なかったんです。けれど改めて聞かれるとそういうことかなと思います。
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督

本日は皆さん、ここに来てもらってありがとうございます。そして映画も観てもらって本当に感謝しています。今日は個人的なことでも映画についてでも質問があれば、喜んで答えたいと思っていますので、よろしくお願いします。
日本というのは私にとって遠い国ではあるんですけれど、すごく心地がいい国なんです。なので今日、日本の皆さんに映画を観てもらえることを幸せに思っています。 


MC:トロント国際映画祭出品、おめでとうございます。手応えはどうですか?

マイケル監督:
私はトロントには行ったことがないので、これから行くのが楽しみです。世界各国からマスコミの方、映画関係者がいっぱい来ると聞いています。ヨーロッパでつくられた作品が、北米という映画産業がしっかりした国で観てもらえることにとても感謝しています。

MC:すでにフランスとオランダなどでは公開されていると聞きました。観客の皆さんの反応はどうですか?

マイケル監督:
フランスでの公開は、まずカンヌで上映されたんです。その時、お客様からも本当に温かく、爆発的な反応があったと思っています。プレスからも温かく迎えられて、ポジティブな意見ばかりでした。ベルギーでもそうだったんですけれど、高評価を受けています。特にオランダ人の映画監督ってあまりいないので、オランダ人にとってもオランダ人監督がこうやって映画をつくったということがとても嬉しかったんだと思います。あとはドイツ語圏のスイスでも公開されたんですけれど、そこでの数字も健闘しているようです。もちろん、アート作品ですので商業映画のような動員数があるわけではないんですが、アート作品としてなかなか健闘しているという風に聞いています。

MC:まもなく日本公開です。

マイケル監督:
日本には、これまで観光やジブリさんとお仕事をするにあたって何度も来たことがあります。日本の匂いや日本人のしぐさなど、だいぶいろいろなことに慣れてきました。今回映画が完成して、日本の皆さんに映画を観て素晴らしい時間を感じてもらえたら本当に嬉しいと思っています。

MC:スタジオジブリから監督の打診があった経緯を教えてください。

マイケル監督:
実はジブリさんの方から何の予兆もなく、ある日突然、一通の手紙をもらいました。その中には、「一緒に映画をつくらないか、長編をつくらないか?」ということが書かれていました。それは、私の人生の中でも一番大きな衝撃だったと思っています。そのようなオファーを受けた時に「すぐにでも撮りたい!」と有頂天になったんですが、もしかすると「自分は勘違いしているだけかな、手紙の内容をわかってないんじゃないか」と自問自答した時もありました。でも、本当にジブリさんからそのようなオファーを受けた時は、地上1mぐらいのところを浮いて歩いているようなそんな感覚でした。

MC:鈴木プロデューサー、15年前にマイケル監督の作品を観たということですが、どんな気持ちで監督にオファーしたのですか?

鈴木さん:
「岸辺のふたり」を観て、一発で大好きになりました。観た回数は今日まで考えると100回は超えていると思います。というのは、時間がたったの8分間で、その中に人生の全てが織り込まれていて、人に観せたくなるんですよね。その作品を好きになるもう一つの大きな理由として、西洋の人がつくっているにもかかわらず、東洋の考え方が入り込んでいる作品だったんです。だから、僕らが非常に腑に落ちる作品だったです。そして、この人(監督)が、もし長編をつくったとしても、この精神は受け継がれるんじゃないかと思いました。西洋の人がつくったんだけれど、日本人、もっと言えば東洋人が観ても納得できるものができるんじゃないかと思ったんです。でも、つくるといっても彼はロンドンにいたし、どうやって製作するか悩んでいました。
実は、30年来、ジブリがお付き合いのあるフランスのワイルドバンチという会社がありまして、そこのプロデューサーで、ヴァンさんという、気心が知れている人がいました。彼が日本にやってきた時に、「提案がある」と言い、「岸辺のふたり」を観てもらったんです。そしたら、彼がいたく感心を示してくれたんです。それで、すかさず、「一緒にやらないか?」と言ったら、彼は、「一緒にやろう!」とすぐに言ってくれて、そこからスタートしました。
その後、さっきの手紙というのもいろいろあったんですけれど、なにしろ、日本とロンドン、フランスという距離で、どういうストーリーにしていくか、実際につくる時の創作の問題、どういうスタッフでつくるのか、それからお金の問題がありました。今、ヨーロッパでは昔のようにフランス映画というのがあって、それをフランス人がお金を出して映画をつくる時代ではない。イタリア映画もそうなんですけれど。ヨーロッパ中の人がみんなで集まって一カ所でつくる時代なんですよ。これ、ヴァンさんが非常に苦労してくれたところなんですけれど、先ほどから名前がでているベルギーやいろんな国の人がフランスに集まってやっていくことになりました。でもそこにたどりつくまでにかなりの時間を要するんですよ。だから、実際の制作は2006年10月、企画の時点からだとそれこそ10年という歳月が経っていたんです。実際にこれでいこうと決めて制作に入ったのは、今から3年前なんです。
足かけ3年の期間をかけてこの映画をつくり、本当の完成は僕の記憶だと今年の3月だったと思います。


MC:マイケル監督、ストーリーの構想はどんな風に練られたのでしょうか?

マイケル監督:
映画をつくるにあたって、「自分がこの映画のなかでどのようなエモーション、フィーリングを表現したいのか?」ということを考えました。そこで、一番最初に思ったのが、自然に対する尊敬の気持ちです。そういったものを映画の中で感じてもらえる作品にしたいと思いました。自然に対する尊敬の気持ちというは、ただ単に美しい夕日や美しい浜辺を絵に描いて観せるということではないんです。灰色の空や雨が降ってきた様子ですとか、また死んでいく生き物、そういう自然の輪廻を全体的に描くことによって観ている人たちが無意識のうちに自然に対する尊敬の気持ちを感じてもらえたらなと思いました。そういったところが最初の出発点だったように思います。
あともう一つ、一人の男と一人の女が出会うシンプルなラブストーリーを描きたかったというのがあります。それは、仰々しいアイラブユーではなく、本当にシンプルな男と女のラブストーリーです。あとは、自分自身、子どもの頃から南の島に漂流する男の話というのが好きだったんです。私は、漂流する話でも島を男がどう受け入れて、男はどのように自然の一部になっていくかというのを描きたかったんです。


MC:マイケル監督の構想を受けて、どう思いましたか?

鈴木さん:
「岸辺のふたり」が一人の女性の一生を描くとしたら、今回の「レッドタートル ある島の物語」は一人の男の一生を描くんだなというのが、最初の感想でした。マイケル監督がその台本、シナリオ、ストーリーフォトなど、途中までできたものをどんどん送ってくれたんです。で、高畑監督を中心に、日本側のスタッフ7~8人でいろんな意見を出して話をしたんですけれど、「これはマイケルの一家の話だね」って、誰かが言いだしたんです。みんなそれに対して非常に納得しました。マイケルが自分の奥さんに対してどういう考えで、どういう態度で接しているか、全部わかる映画だねって(笑)。そういう話をしていました。

MC:スタジオジブリとは、どのように制作を進めてきましたか?

マイケル監督:
ジブリとのコラボレーションをするにあたって、まず私は、ジブリの意見を聞きたいと思っていました。これまで監督として短編はつくってきたんですけれど、短編というのはあまり他の人の意見は聞かないで自分一人でつくる傾向があったんですね。けれど、長編に挑戦するということで、いろいろな分野のいろいろな個性を束ねて、そういう人たちの意見を聞きながらつくらなくてはいけないというチャレンジでした。なので長編の経験が豊かなジブリのようなスタジオにアドバイスをもらうというのは、とても重要だと思ったんです。
このストーリーというのは自分の深いところからストーリーが湧き出ているんです。私の監督としての感性をさらけだし、苦しみをわかってくれるスタジオのプロデューサーは誰なのかということを考えた時に、やはりジブリは最高の私のサポーターだったと思っています。最初にジブリに「私たちは作家の選択をなによりも尊重します」ということを言われたんです。それは、当たり前のことに聞こえるかもしれませんが、必ずしも全ての国でそのように映画製作が行われているわけではないんです。もちろん、違うシステムを批判する気はないですが、高畑さんは私のそういう気持ちをわかってくれたのか、とても慎重に自分の意見を言ってくれました。「これは、あくまでも君の映画であるんだから」ということで、意見を言ってくれたんですね。私自身も攻撃的な相手との対立したコミュニケーションは好きではないんです。どちらかと言えば、意見を並べて一緒に静かに話し合っていろいろ決めていくほうです。そういうスタンスがもしかするとジブリさんのスタンスと合っていたのかもしれません。


MC:ジブリの中の雰囲気はどうだったのでしょうか? 観た方の反応はありますか?

鈴木さん:
ジブリのスタッフで「レッドタートル ある島の物語」を観ているのは、宮崎駿ですかね。実は今週月曜日にマイケルがジブリを訪ねてくれたんです。その時に宮崎が応対して、三つぐらい話をしていました。一つは、「10年間本当にねばり強くがんばりましたね」とねぎらいの言葉でした。「10年間、いろいろあって、くじけそうになったこともあったでしょう。それを最後までやり通したっていうのは、まず第一に素晴らしい」ということを話していましたね。 二つ目は、これは僕も聞いていて新鮮だったんですが、「とにかく今、世界のアニメーションの情勢に、日本のアニメーションはいい意味でも悪い意味でも、すごく影響を与えている。あなたの作品を観た時に、日本のそういう影響を一切受けていない、それは見事である。」ということを言っていました。
そして三つ目。今、日本の状況は、手書きのアニメーションからCGアニメーションへと移行の時期なんです。ジブリもどちらを選択するのか、非常に厳しい選択を迫られているんです。そういう時に宮崎駿は「レッドタートル ある島の物語」を観ながら、僕に「素晴らしいスタッフと作品をつくっている。このスタッフがほしい」と言いだしたんですよ(笑)。「このスタッフがいれば、僕もやれるかな」って、言いだしたんです(笑)。それが彼の感想でした。


【マスコミからの質疑応答】

Q:さきほど鈴木さんからこの映画はマイケル一家が描かれているというお話がありましたが、それを聞かれて監督はどう思いましたか?

マイケル監督:
さきほど聞いてびっくりしました。確かに男と女が出会って幸せに生きるというのは、私の人生だったと思います。二人は恋に落ちる、私もそうだったんですね。きっと皆さんもそういう経験があると思います。あとこれは、アニメーターの悪いクセなんですが、私の作品の登場人物の男の子の絵を見ると、「あーマイケルの息子に似ているね」ってよく言われるんです。そして登場人物の男性もマイケルに似ているとよく言われます。これは、アニメーターの悪いクセで人物を描く時に自分になぜか似せてしまうんですよね。

Q:今現在のスタジオジブリの制作体制と今後の作品づくりについてお聞かせください。

鈴木さん:
スタジオジブリも、気づいたら30年ちょっとの歴史があるです。その中で作品のつくり方は二つありました。これはジブリではないですけれど、「風の谷のナウシカ」から始まって、「魔女の宅急便」までは、作品ごとにスタッフを集めて終わったら解散するというつくり方でした。ですが「おもひでぽろぽろ」からスタッフの社員化を始めたんです。いわゆる手書きからCGへの転換期の中で、対応策を考えなくてはいけなかったんです。
実は今、宮崎駿は長編からは引退しましたけれど、短編はやっているんです。美術館アニメーション、「毛虫のボロ」も12分間の作品で、これは実験的な要素も入っています。手でも描くし、CGも使っています。
今回の「レッドタートル ある島の物語」みたいに企画の段階に関わって、あとはヨーロッパでつくるということになると、これからは流動的になっていくと思うんですよね。
ジブリにもいろんなお話があります。CGやっている方が「創作をジブリでやって、CGをうちの会社でやらないか? 一緒になってつくらないか」と言ってもらったりします。そういう中で何を選択していくかは、これからまだまだ僕らは考えていかなくてはいけない時期だと思っています。


Q:お好きなスタジオジブリの作品を教えてほしいです。その作品にまつわる思い出などあれば教えてください。

マイケル監督:
一つの作品を選ぶのは、難しくてできないんですけれど、スタジオジブリの作品は、宮崎監督、高畑監督、他の監督の作品も全て好きです。ただ、一つ申しあげたいのが、私は宮崎監督が、子どもが新しい発見をする時の大きな喜び、大きな驚き、そういったものを汲み取って映画の中で表現するのが本当に素晴らしいと思います。小さい時に感じた喜び、驚きというのは、大人になるにつれて忘れてしまうんですけれど、そういったものをハッと思い返させてくれるところが素晴らしいなと思います。
高畑さんに関しては、「ホーホケキョ となりの山田くん」でいくつも俳句が出てくるというのが素晴らしいなと思いました。なぜなら、俳句は、簡潔で静粛で純粋な表現手段だと思うんですね。それを映画化するのはとても難しい。俳句という映画にはなり得ないものを映画化したというところが大変素晴らしいと思います。特に大きな出来事がない、なんともないシーンにものすごく惹きつけられる、それが高畑さんの作品の素晴らしいところだと思います。


Q:もともとセリフがあるのに、「セリフをなしにした方がいいんじゃないか」、というのも高畑さんの意見だったそうですが、その他に高畑さんからのアドバイスはありましたか?

マイケル監督:
セリフをなくすというのは、最初はスタジオジブリの皆さんの意見だと思っていたんですが、先ほど鈴木さんとお話をしていて、鈴木さんがセリフをなくせということを言ったということをさっき聞きました。アニメーションをつくる時は小さなディテールが大きな要素と同じぐらい大事になってくるんですね。高畑さんはアニメーターではないのですが、アニメーターの気持ちをよくわかっている方なので、高畑さんはディテールが大事な要素であるということをとてもよくわかっている方です。最初、私がとても好きな、月光の下、男と女が静かに草原の中を歩くというシーンがあったんです。それをなぜか違うシーンと差し替えたんですよね。すると高畑さんが「なんで差し替えちゃったの?」と言って、それで自分でも少し考えて「確かにあのシーン好きだったのに、なんで取ってしまったんだろう」と思って、また戻したということがあります。遠くから二人が空を飛ぶシーンがあって、それも1度抜いてしまったことがあったんですが、あとから「どうして遠くからのショットを取ったの? すごく素敵だったのに」と言ったので、差し替えたものをまた戻したという経緯があります。

Q:スタジオジブリとして初の海外共同制作ですが、今後も海外のクリエイターの方にオファーする可能性はありますか?

鈴木さん:
マイケルの場合は、すごく特別なものだと思っていたんですよね。海外の方と共同制作をやるっというのを計画的に考えたことは一度もないんです。だから、絶対にやらないというわけじゃなくて、どういう人と知り合うかわからない。それとその人がどういうものをつくっているか、その内容が深く関係あると思うんです。あの人、すごく力があるから、すごく有名だからということだけでは、なかなか成立しないと思うんです。今は「レッドタートル ある島の物語」を成功させて、その上で、ということなんですけれど、ご指摘があるように、いろんなところから話がきていないわけでもないんですよ。だから、そういうものをどうしていくかは、判断基準が難しいですよね。

MC:最後に、この映画を楽しみにしている観客の皆さんにメッセージをお願いします。

鈴木さん:
いろんな感想があると思います。僕がこの映画を観た時に真っ先に浮かんだのが、女性は偉いんだということです。そのおこぼれで、ついでに生きているのが男です。それをあれだけそぎ落とした形で描かれると、感動せざるを得なかったということが言えます。

マイケル監督:
この映画をつくって感じたのが、スタジオジブリさんと仕事を始めた時というのは契約書もなく始めたんです。信頼関係があったから、お互いに何も決めずに仕事をすることができたんだと思うんです。もちろん、いろいろな意見の違いもありました。けれども、私は高畑さんを信頼していますし、鈴木さんを信頼しています。スタジオジブリの皆さんを信頼しています。この作品は、ハンガリーのスタッフ、フランスのスタッフ、いろんなスタッフが関わってきました。全ての信頼関係を築いた上で仕事ができました。それを感じていただけたらなと思います。

【舞台挨拶】

鈴木敏夫さん(プロデューサー)

「岸辺のふたり」を観ていいなと思って、「この人が長編をつくったらどうなるか?」と、マイケルにちょっとした出来心で長編のオファーをしてから10年。こんな大ごとになりました。今日は皆さん、お集まりいただいてありがとうございます。
高畑勲さん(アーティスティックプロデューサー)

自分が監督をしない作品にできあがる途中の段階で意見を言うということが初めての経験でした。非常におもしろかったですが不安もありました。自分がつくるわけではなく、この人(マイケル監督)がつくるわけです。ただ、自分が普段、監督をしていることもあって、たとえ、意見を言ったとしても最終的には監督の意見というのは完璧に尊重すべき、と思いました。できあがる途中は不安もあったんですけれど、できあがったものを観て僕はとても嬉しかったし、安心しました。非常に優れた作品ができたんじゃないかと思いましたね。
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督

今日は皆さん来てくださって、ありがとうございます。映画を観てもらって感謝しています。私も二つのことにびっくりしています。一つは日本の皆さんの前でこの場に立って映画を観てもらえるということです。もう一つは日本のアニメーションを代表する二人の間に挟まれて立っていることです。 


MC:構想から10年、制作期間8年。いよいよ日本で公開です。今のお気持ちを聞かせてください。

マイケル監督:
正直に言いますと、私はこの映画に誇りをもっています。やはり長編はチームワークなので、私は考えて、スタッフが1枚1枚の絵を描いて、作品を形にしていってくれました。ヨーロッパのスタッフ、主にフランス人とベルギー人のスタッフでつくりました。日本人のスタッフはそこにいなかったんですけれど、つくっている間、高畑さん、鈴木さんをはじめ、日本の皆さんのことを考えなかった日はないですね。仕事以外では、親しくは存じあげていないですが、私の心の中に皆さんの存在がありました。ここ、9年、10年ほど振り返ってみると、当時も意識しなかったぐらい、やはり皆さんの存在が毎日の作業の中で大きなインスピレーションの源、大きな影響力としてあったわけです。この映画の出発点にあったジブリという存在やジブリへの思いを振り返って、ここに立つということは、特別なものです。今日会場には、音楽を担当してくれたローラン・ペレズ・デル・マールさんや、アニメーターの方も来てくれています。

MC:高畑さん、今回はアーティスティック・プロデューサーとして、どのようにこの作品に携わりましたか?

高畑さん:
「岸辺のふたり」というのは、何回観たかわかりません。学生にも観せました。その魅力というのは奥深いものがあります。学生にそれを発見させるというのかな...。何回、授業したかというぐらい、授業もしました。そういうことで、すごく好きだったんですが、それ以上、私は何もできないんです。突然、鈴木さんが長編をつくったらどうかと提案して、それを受けてもらうことになりました。それはすごいけれど、怖いんですよね。彼は短編を一人でつくってきて、それをチームでやることができるんだろうかとか、いろんな心配、不安がありました。最終的には実に見事に乗り越えて、今日もアニメーターの方が来てくれているようですけれど、「素晴らしい仕事をしてくれてありがとう」と言いたいですね。

MC:高畑さんとマイケル監督は、かなり深い話をされたんではないですか?

高畑さん:
なかなかできませんでした。できたものをつないだものがジブリの方に送られてくるんですけれど、それをジブリの中で話し合って、僕はまとめる役になっていました。僕がまとめるわけですから、自分の意見も言います。そして意見を送り返すと、それを反映してもらったり、反映できないものもあったり、そういう形でやってきました。ついでにいうと、本作の音楽は素晴らしいと思います。そういうところまでいくのにも、それなりに意見を聞いてもらいました。そういうことができたのは非常に幸せだったと思います。マイケル監督と初めて会ったのは、広島のアニメーションフェスティバルです。「すごくファンです」って、彼に言ったんですよ。それが最初ですね。それから、韓国での映画祭でもお会いしました。一緒に仕事をするといっても机を並べてやったわけではありません...。武蔵境のスタジオジブリのアジトみたいなところがあるんですが、マイケル監督が最初そこで生活すると言われてビックリしたんですよね。驚きだったんですけれど、非常に親しみが感じられて嬉しかったです。

MC:高畑さんとの仕事を振り返ってどうでしたか?

マイケル監督:
高畑さんは、長編アニメーションにおいて豊かな経験をお持ちの方で、私も長編に挑戦するにあたって、最初から高畑さんの意見を聞けることが作品のためになるということは、明らかでした。詳細なところも含めて高畑さんの意見から学びながらつくっていくということが作品のためになりました。複雑であり、繊細な物語を技術的な意味で、物語の経験が欠かせませんでした。というのも、長編映画をつくるには、非常に多くの才能が必要になるため、それをまとめながら、複雑で繊細なストーリーを構成していくことに、高畑さん、鈴木さんのご意見をもらいたいと気持ちだったんですね。そういう作業は、どんなに経験を積んでいても、機械的にできるものではなく、自分のどこか中心的なところから出てくるところであり、自問、疑問、アンバランスな側面もつきものです。そんないろんな悩みを高畑さん、鈴木さんならわかってくれるんじゃないか、そういった心のサポートもしてもらえるんじゃないか、フォローしてくれるんじゃないかとお願いしたわけです。

MC:出発から10年。鈴木さんは、今どんなことを思い出しますか?

鈴木さん:
想像以上にあっという間だったんですよね。フランスにワイルドバンチという会社があってそこのヴァンさんに協力してもらいました。創作はマイケルと協力してジブリの方でやって、実際の作業はフランスの方でやるということを大きな条件として、ヴァンさんの力を借りながら、マイケルとのいろんなコミュニケーションをふまえてここにたどりつきました。実際は2006年10月に30年来の友人のヴァンさんと約束し、その後どういうものをつくるのか、どういうスタッフでつくるのか、予算はどうするのか、いろいろな問題がありました。それをクリアするなかで、実際の作業は今考えると3年間、今年の3月がその完成の日だったと思います。10年という歳月をかけて最後まで彼(マイケル監督)はがんばってくれました。僕としては嬉しく思います。マイケルがスタジオジブリに来てくれた時は、宮崎監督もまず最初に「まず10年間、くじけないでがんばった、それに対して敬意を払う」って言っていました。非常に彼らしい言い方で印象に残っています。

MC:スタジオジブリにとって、はじめての国境のない作品づくり。本作をきっかけにさらなる挑戦は続きそうですね。

鈴木さん:
どうなるかわかりませんけれど(笑)。まずはこの映画の成功を願っています。

MC:高畑さんと作品づくりの共通点はありましたか?

マイケル監督:
共通に感じたものは、繊細さです。日本の俳句をつかった映画をつくるというのは、究極の繊細さだと思います。私にはとてもできないものですけれど、勝手ながらそれに親近感を覚えています。

MC:最後に観客の皆さんにメッセージをお願いします。

マイケル監督:
皆さんに気に入ってもらえることを強く願っています。ヨーロッパでつくった作品ですが、常に日本のことを頭の中におきながらつくったものです。よろしくお願いします。

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