Movie Movie

Return Page

佐藤浩市×鳥越俊太郎がQ&A付き舞台挨拶
「64-ロクヨン-前編」大ヒット御礼舞台挨拶

2016年05月22日

「64-ロクヨン-前編」大ヒット御礼舞台挨拶

<左から、鳥越俊太郎さん、佐藤浩市さん>

累計発行部数165万部突破のベストセラー小説「64(ロクヨン)」が前後編2部作で映画化され、そのヒットを受けて前編の大ヒット御礼舞台挨拶が5月22日、TOHOシネマズ 六本木ヒルズにて行われました。
興行成績は、20億円突破確実の大ヒットスタートとなりました。
舞台挨拶では、"身を削って挑んだ"と話す広報官・三上義信を演じた佐藤浩市さんと、かつて新聞記者時代に記者クラブに在籍していた鳥越俊太郎さんが登壇! 舞台では、大ヒット御礼につき、観客やマスコミの方から質問を受け付けました。その舞台挨拶の様子をレポートします。

佐藤浩市さん(三上義信役)

本日はありがとうございました。2週間を経て、これから何週か「64-ロクヨン-前編」が続いた後に「64-ロクヨン-後編」がスタートするということになります。皆さんのお力で、またこの映画に力を与えてください。今日はどうもありがとうございます。
鳥越俊太郎さん

私は1965年、昭和40年に毎日新聞に入りました。報道に従事する記者としてはテレビを含めて51年間報道に携わっています。その中で「64(ロクヨン)」のように、記者クラブと警察という葛藤という中にあったことも何度かあります。今回の映画は私も非常に興味深く観させてもらいました。皆さんが今日ご覧になってどういう風に感じたか興味があります。


MC:お二人は今日、初対面ですか?

鳥越さん:
僕がいろいろ拝見しているので、親しい人のように思えるんですが、初対面です。

佐藤さん:
僕もいつも拝見していますが、初対面です(笑)。

MC:鳥越さん、何か佐藤さんに聞いてみたいなということはありますか?

鳥越さん:
映画で描かれているようにさまざまな葛藤や対立、例えば警察内部の上下関係とか、隠蔽をめぐる対立とか、親子の対立とか、様々な人間ドラマが映画の中で描かれています。広報官・三上義信としてでもいいし、人間・佐藤浩市としてでもいいのですが、そういう様々なドラマのどこのポイントが一番印象深かったのかを聞いてみたいですね。

佐藤さん:
僕は今年で56歳になります。いい大人ですが組織に属したことが一度もございません。こういう商売をやっていれば当たり前と言えば当たり前なんですけれど...。組織の中で生きるというテーマが常に横山さんの原作の中にはあります。組織の中の個人ということ、「そこで生きるその中の対比は何なんだろう?」ということを考えました。誰にでも正義はあります。だから僕は組織の中で自分がそこでどういう風に生きて、どういう対外的な顔、そして内に向ける顔を持ちながら生きるかということを今回、改めて僕なりに考えました。僕の周りにも世の中をいろいろと見てきた人間もいますし、そういうところで、面白いと言うと語弊があるんですけれど、非常に興味があります。

鳥越さん:
僕も観ていて思ったのですが、佐藤さんが演じるような広報官は、現実にはあんまり見たことがなかったんです。つまり、組織の論理、組織の上が言ってくることをちゃんと言わないといけない広報官の側面と、人間としての正義感を持っている側面があるそういう広報官。そうすると葛藤が必ず起きます。その葛藤というのは普通の警察の場合、あんまり見かけないんです。やっぱり組織の論理で仕事をしている人がほとんどなんです。だから今回の映画の中で描かれているような組織の論理とか、個人のヒューマニズムの正義感の間で揺れ動いて自分の首を覚悟してでも本当のことを言おうとする、三上という広報官が一番興味深かったですね。佐藤さんもそこに感じてもらえたということで、僕はここがポイントだったんだなと思いました。

MC:佐藤さんから、鳥越さんに聞いてみたいことはありますか?

佐藤さん:
僕は、だいぶ前に同じ横山秀夫さんの「クライマーズ・ハイ」というテレビドラマに出演した時にも思ったんですけれど、新聞記者・鳥越さんとそして個人・鳥越さん、その境界線というものは、ご自身はどういう部分に持っていらっしゃったのか、また境界線があったのか、なかったのかをお聞きしたいです。

鳥越さん:
これは三上さんと同じです。つまり記者、私・鳥越が仕事上「こうあらねばならない」と思っていることと、人間・鳥越として思っていることは必ず一緒ではないんです。例えば、私が汚職事件を担当するとして、取材源、我々は"ネタ元"と言っているんですが、ネタ元が自分だけにネタを漏らしてくれるいい関係を作ろうとします。最終的にはいい取材源をゲットして、いい友達のようになるわけです。僕の場合は何でも話してくれる警部補が1人できました。で、彼から汚職事件についていろんな情報を聞いて書ける、新聞記者としてこんなに嬉しいことはないんです。その時にその警部補から「すまない。記事を書くのを2日待ってくれないか」と言われるんです。これは今、記事が出てしまうと捜査上支障をきたすので、警部補は僕に喋ったけれど、ちょっと待ってくれということです。新聞記者としてはそれは仕方ないと思いますけれど、個人・鳥越としては、他の記者、他の人に抜かれたらもうお終いです。だから今日書きたいんです。個人としては書きたいと思うんだけれど、そのネタ元に頼まれるということで葛藤が起きます。僕の場合は「頼まれればしょうがない」って特ダネを書きたいと思う自分の欲を抑えて彼の立場を尊重するという、新聞記者としては当然のことをするということが多かったんです。そういう人間としての記者と、組織の人間としての記者の自分との間で揺れ動きはありました。今働いている新聞記者も皆そういう葛藤を持っていて、これは、(この映画の)広報官が組織と個人の間で揺れ動くことと共通しているだろうなと思います。この葛藤というのは必ず持っているんだなと思います。

佐藤さん:
じゃあ本当に夜討ち朝駆けみたいなことをやられていたんですか?

鳥越さん:
僕は1年間1日も休まなかったです。毎晩お巡りさんの家に行っていました...。今考えるとアホらしいことをやっていたと思います。でもそれをやらないと仕事が務まらないと思っていましたのでやっていました。

【質疑応答】

質問者1:
最近では会見する方が窮地に立たされるとうケースが多々見られると皆さんご承知だと思います。佐藤さん、広報官として映画の中でもそうだったんですが、あるいは実際に会見などでも答えづらい質問を受けるケースがあると思います。そういうケースに対してどういう対処をしているか、手の内を少し明かしてもらえたらありがたいなと思います。

佐藤さん:
それを教えてしまうと今後成立しなくなります...(笑)。今回、僕が演じた広報官とは立場が違うわけで、やはり先ほど言ったように「大義を背負った中でどこまで正義が通るのか?」ということも含めていろんなことを感じながら生きると思います。我々が行う会見には正義などはあまり関係がないので...(笑)。でも倫理は問われます。そこに倫理を問われれば、それは一般論として答えざるを得ません。こんなことを言ったら語弊があるかもしれないですが、結構倫理では判断できないところで生まれるものが確かにあるんです。それに対して僕らは何も言えない個人の問題になります。ただ自分のことに関しては思ったことは正直に言います。人様のことは問われても答えようがないというのが正直なところです。

質問者2:
私にも、三上と同じように娘と父親との葛藤がありました。映画を観て、父親が会社の中で葛藤している姿を知らなかったので、今となってはあの時、父親がすごく頑張っていたから私が学校に行けたんだなということに感謝しながら観させてもらいました。お二人に質問です。私は平成生まれなので昭和のことを知らずに今まで生きてきました。お二人は平成と昭和の二つの時代で活躍されている方だと思うんですが、昭和と平成のメディアや芸能、社会の違いについて、例えば今はやりにくくなったということなどありましたら、教えてください。

佐藤さん:
昭和というのは一概に一時代というより、戦前戦中戦後とものすごく長いんですね。だから一括りでは言えるものではないと思います。我々が見てきた先達の映画人たちは、やっぱり映画の景気が一番良かったころだと思います。年間何十本と各会社が映画を作っていてそれが確実にヒットしていました。よく我々は"扉が閉まらない"と言うんです。要はその時は立ち観もあって、扉が閉まらないほどお客さんが入ったんです。そういう時代に生きてきた先人たちは、非常に自由で羨ましいです。我々はいろんなことに対する規制がある分、いろんなことを逆の意味で広げて想像できます。当時の豪快な先輩たちの話を現実的に聞くと、今の時代の僕らは「そんなことができるわけがない」と思います。ですが、「まず同じ役がきたらそれを自分たちがどうやって受け止めてどうするか? 先人たちにはかなわないかもしれないけれど、僕らは僕らでやれることはある」と感じることもあります。昭和のいい時を生きた先輩たちの生き方もあったし、今の我々の生き方もあります。僕は両方見てきたので、それが非常に良かったなと思います。

鳥越さん:
私が知っている昭和というのは、昭和20年くらいからです。終戦前後から43年間くらいで、平成が27年間ですか。これを僕は見てきています。昭和64年、1989年の12月に東西冷戦が終わりました。だから昭和という時代は東西冷戦でずっと貫かれていて、常に核戦争の恐怖に怯えていて、東西冷戦が終わった後、核戦争の恐怖がなくなりました。実際には2001年の9.11から始まったアメリカとイスラム原理主義過激派の戦い、どこでいつ自爆テロがおこるかわからない恐怖に苛まれているという。そういう大きな違いがあります。
日本だけに限って言えば、経済が右肩上がりにどんどん成長していきました。そしてみんなが元気良くハツラツと希望を持って生きていました。平成という年はやっぱりバブルがありいろいろなことがあってなんとなく...。昭和の時代は昨日より今日、今日より明日、明日やあさってには必ず世の中は良くなっていくと思っていた時代です。平成は明日どうなるかわからない、不安な時代、だと思います。この二つの象徴的な時代の境目でおきた事件が今回の「64(ロクヨン)」という映画のテーマなんです。


質問者3:
マスコミ関係に就職を志望している学生です。この作品で広報官と記者の信念のぶつかり合いを観てすごく心を掴まれました。マスコミを目指すにあたって、何かアドバイスがあればお二人からお聞きしたいです。

鳥越さん:
記者をやりたいの? 記者をやるんだったら、まず文章書けないとダメなので本をたくさん読んで文章をたくさん書いてっていうのは最低限、要求されることですね。あとは考える力、感じる力、世の中で起きているいろいろなことをどうキャッチするか? それを人に伝えるためにどういう風に切り取って伝えるかという感性を磨くというのが2番目でしょうかね。あとは自分の立ち位置ですね。自分はここが正しいと思える。ここに立って伝えたいというスタンディングポイントを持っていないと、ニュースによってぐらぐら揺れてしまいます。それは人生観でもいいし、死生観でもいいです。人間とか日本とか、そういうものについての自分の基本的な考え方をしっかり持つことが大事かなと思います。

佐藤さん:
僕は新聞記者の役を演じただけなのですが...(笑)。あなた個人の正義と記者の正義、それが常にいい意味でバランスが取れていないと、と思います。自分の根っこの部分にある正義を感じながらことに対処してもらいたいと思います。

MC:最後に皆さんに佐藤さんよりご挨拶をお願いします。

佐藤さん:
何回も観てくれた方もいるようですね。これだけ皆さんに応援してもらって、さらに応援しろとは僕の口からは言えません(笑)。ただ、これだけ重苦しい映画を楽しんでもらえましたかというのも妙な言い方です。これが後編でどういう形で帰結するのか...、やはり映画という物語は救いが欲しいです。どういう形で救いになるのかならないかわからないですが、何か皆さんに考えてもらえるものがあれば嬉しいです。本当に今日はありがとうございました。

東宝website