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「杉原千畝 スギハラチウネ」初日舞台挨拶

2015年12月05日

「杉原千畝 スギハラチウネ」初日舞台挨拶

<左から、チェリン・グラック監督、小雪さん、シルビア・スモーラーさん、唐沢寿明さん、小日向文世さん、塚本高史さん>

第二次世界大戦中、外交官としてリトアニアに赴任し、ユダヤ難民のためにヴィザを発給し続け6000人もの命を救ったと言われる杉原千畝の感動のドラマを描いた「杉原千畝 スギハラチウネ」が12月4日、ついに公開! 東京・有楽町のTOHOシネマズ 日劇にて行った舞台挨拶では、主演の唐沢寿明さん、共演の小雪さん、小日向文世さん、塚本高史さん、チェリン・グラック監督に加え、実際に杉原千畝のヴィザで命を救われたユダヤ人女性のシルビア・スモーラーさんも来場いたしました。その舞台挨拶の模様をレポートいたします。

唐沢寿明さん(杉原千畝役)

今日はこんなにたくさんの方に集まっていただきましてありがとうございます。感無量でございます。
小雪さん(幸子役)

去年の秋にポーランドで撮影したことを、バックステージでしみじみと思い出していました。こうして公開されて皆さんの前に立って、やっと終わったんだなと実感しています。この映画を通して、皆さんが人生や戦争などいろいろな人々に思いを馳せるきっかけになってもらえたら嬉しく思います。
小日向文世さん(大島浩役)

僕も試写会で観たときに、監督の人に対する優しさ、温かさを強く感じてとても感動しました。監督はアメリカに住んでいらっしゃいますが、また日本の作品にも参加してもらってご一緒できたらいいなと思います。
塚本高史さん(南川欽吾役)

日本人の中で僕は唯一の悪役を演じました。人殺しや裏切りをしましたが、でも本当の僕は裏切りません! いい人です。
チェリン・グラック監督

公開まで長いような短いような感じがしました。でも皆さんのおかげでここまで来ることができて感謝しております。映画を観てもらって、頭の中に何かが思いが浮かんだり、何かを感じてもらえれば成功だと思っております。


MC:唐沢さん、たくさんのお客さんがいらっしゃっていますがお気持ちはいかがですか?

唐沢さん:
ホッとしましたね。

MC:撮影中の大変だったお話などがあれば教えてください。

唐沢さん:
塚本くんは一見、いい青年なんですけれど、撮影に入ると、監督を撃つんじゃないかと心配になるくらいでした...(笑)。

塚本さん:
今回僕は2シーンだけの撮影でしたが、すごく長いこと現場にいるような感じでしたね。列車のシーンは明るいうちからリハーサルを始めて暗くなってから撮影に入ったんですが、明るくなるまで撮影していました。

唐沢さん:
「撃てっ! 撃てっ!」って...(笑)、朝まで銃で撃っていましたからね。

塚本さん:
現場に来てくれたエキストラの方が銃マニアだったんですね。あの銃はコレクションされているものをお借りしたんです。つまり本物なんですよね。

唐沢さん:
ドイツ兵のエキストラの人たちも、マニアの方が自分で銃などを持ってきて撮影に参加してくださったんです。マニアだから、なりきっているんですよね。

塚本さん:
衣裳もすごかったですよね。銃を改造して、空砲にして撃たせてもらったんですが、反動がすごかったです。それをバンバン撃たせてもらいました。最後には「弾がないっ!」って言われました。

唐沢さん:
朝から朝まで(一晩中)撮影しているからね。

グラック監督:
だから「撃っているつもりで演技して」って言ったじゃん!

塚本さん:
いい経験をさせてもらいましたね。

唐沢さん:
一番最初のシーンで追われていて、メモを渡すシーンあるんです。(メモを)渡された方は「ポーランドのブラッド・ピット」と呼ばれている役者さんなんですけれど、彼が死ぬシーンでなかなか死なないんですよね。いちいち撮影を止めて、監督に「死ぬ前に一言、言いたい」とか言うんです。撃たれたら自分もパンパンパンって撃って、それは使われていましたけれど、とにかく死なないんです(笑)!

塚本さん:
僕が撃った後に反動で撃って、死ぬというシーンだったんですけれど、それが爆発しなくて何度もNGになりました。「彼が『撃とう』って言ったからNGになっちゃったじゃん!」というのがあったりして20テイクくらいやりましたね。テイク数は今回、すごかったですよ。バーでの唐沢さんとの2人のシーンも...。

唐沢さん:
そのバーのシーンも、僕らのシーンなのに彼が遠くにいるんですよ。それで僕のところに「相談がある」と言って来て「僕たちは顔見知りなわけだから、まずは何か話した方がいいんじゃないか?」とか言うんです(笑)。話してもいいけれどこっちがメインのシーンなんだから、話しているところは使われないんですよ。とにかく出たくてしょうがないのね。

塚本さん:
どうやって爪痕残してやろうかってね(笑)。

小日向さん:
僕は撮影は実質5日間くらいで、ほとんど朝から晩まで唐沢さんと一緒のシーンでした。ほとんど観光はできなかったです。まあ仕事で行ってるので、観光はいいんですけれど...。

唐沢さん:
これに関して発言させてもらっていいですか? 5日間しかいなかったんですけれど、彼は毎日Tシャツ屋に通っていました。お土産に買うTシャツを探していて「Tシャツ屋知らない? Tシャツ屋知らない?」って言っていました。最後の日はお昼も食べないでTシャツ屋に行っていました...。

小日向さん:
いやいや! 唐沢さんは話を盛り上げるために「毎日」と言っていますが、どうしてもお土産に(Tシャツを)買わないといけなくて、最終日に行くためにリサーチをしていたんです。

唐沢さん:
毎日、リサーチしていましたね。

小日向さん:
現場に行ったとき、唐沢さんはいつも冗談を言う人なんですけれど、今回はとても物静かで、本当に役に入っていたんだなと思います。
一度、撮影の後に唐沢さんに誘われてお食事に行ったんです。おしゃれなレストランで、やはりあっちの方はウォッカをストレートでクイクイ飲むんです。おいしいんですけれどウォッカですので、僕は1杯でいい感じだったんです。けれど唐沢さんは黙々と飲んでいたので「大丈夫かな...?」と思いました。


唐沢さん:
(飲むふりをして)後ろに捨てていましたからね。

小日向さん:
次の日も撮影があるのにあの後も、女性スタッフとも飲みに行ったんですよね? どうなったのかなと思いました。どうなったんですか(笑)?

唐沢さん:
ポーランドの通訳の女の子がいるんですが、お酒が強いんですよね。あの日も朝まで飲んでいましたね。

小日向さん:
でも本当に唐沢さんは役に入り込んでいましたね。冗談を一言も言っていませんでしたから。

唐沢さん:
一言くらい言っていたでしょ。

グラック監督:
でも僕がこの映画を撮りたかった理由は、小日向さんに軍服着せたかったからなんです。皆さん、小日向さんの軍服はどうでしたか?

■場内拍手!

MC:朝まで飲んでいて、撮影は大丈夫だったんですか?

唐沢さん:
黙っているだけのシーンを撮る前日だけね。あと、小雪さんはほぼ毎日観光をしていましたね。

小雪さん:
そうですね。観光大使が出来るかもというくらい観光をさせてもらいました。ショパンの聖地でもあるのでショパンミュージアムに行ったり、公園やお城めぐりをしました。

グラック監督:
(小雪さんに)「今どこ?」と聞いたら「ルイ・ヴィトンの屋上のカフェでお茶を飲んでいます」って言っていたこともありました。

小雪さん:
そこはおいしかったので監督に紹介しました。

唐沢さん:
僕らは、毎日死ぬ思いで撮影していましたよ。

小雪さん:
私はポーランドを堪能させてもらったので、皆さんには申し訳ない気持ちでした...。

MC:苦労した話が出てくるかと思いきや楽しいお話ばかりですね。現場の雰囲気も楽しかったという感じだったんでしょうか?

グラック監督:
そうですね。毎日、楽しかったですね。唐沢さんは英語がお上手でセリフを変えるんですよ。「こっちの方が絶対いい」とおっしゃって、それでもう1テイク撮ったりすることがよくありました。それ以外は結構順調に行きました。

唐沢さん:
監督も直前で(セリフを)変えるんですよ。「こう変えたいんだけれど」って言って、引っ込んでいって「Ready!」ってすぐにカメラ回すんです。「ちょっと待って! 今変えたばかりじゃん!」って思うことがありました。なので今までにない集中力を使いました。急にセリフを変えられたら日本語でも少し考えないといけないところがあるので、そこはしんどかったですね。小雪さんはどうでしたか? その辺のところは? 何を笑っているんだよ(笑)?

小雪さん:
いや、本当に小日向さんがおっしゃったように今回の唐沢さんは寡黙で、新たな一面を発見できました。監督の豊富なアイディアに対し、「いい作品にしたい!」と思って唐沢さんが一生懸命応えようとしていて、それを間近で見させてもらいました。いいものを作ろうとするときに試行錯誤するのってすごく大事だなと思う反面、「そろそろ限界が来るかな?」といろいろな思いで見守っていました。

MC:実在する人物を演じるにあたって苦労はありましたか?

唐沢さん:
「杉原さんはこういう方だ」という情報が少ない方でした。奥様の著書では、寡黙でいつもニコニコして優しい人というイメージですけれど、残っている肉声などを聞くと「外務省をクビになっても構わない。人道的活動は、僕がやらなくても誰かが必ずやったはずだ!」とおっしゃっていたり、熱い一面もあったんだなと思います。本当の杉原さんって誰も分からないと思うんですよね。そこは苦労はありましたね。

グラック監督:
唐沢さんがおっしゃるとおり、ヒントがない、資料が少ないという点では苦労しました。自伝などを残していないということが一番のヒントかもしれないのですが...。胸張って「僕はこういうことやったんだ!」と言うのではなく、単に自分が正しいと思ったことをやり遂げて、後はどうなっても構わないと思っていた人というのが、僕らの解釈でした。だらだらと書いたり威張ったり、人前に出ない人だったんだなと思います。

MC:本日は特別ゲストがお越しくださっています。1940年、今から75年前にリトアニアで、実際に杉原千畝氏が発給したヴィザによって実際に命を救われた"スギハラサバイバー"のお一人です。ニューヨークにお住まいでこの日のために来日してくださったシルビア・スモーラーさんです。

シルビア・スモーラーさん

日本に戻って来ることができて光栄です。日本とは多くの繋がりがありまして、日本が大好きです。ここに立っていることを嬉しく思っています。昨夜、ニューヨークから到着し、すぐにこの映画を拝見しましたが、素晴らしく、目を離すことができませんでした。とても重要な映画だと思います。


MC:シルビアさんは6歳の頃にヴィザを発給してもらったそうです。杉原さんの存在はどのような存在ですか?

シルビアさん:
命の恩人です。私だけではなく私の家族も救ってくださった方です。

MC:シルビアさんは杉原さんにはお会いされたことはないんですよね?

シルビアさん:
当時、私は幼かったのでご本人にはお会いしておりません。でも奥様の幸子さんにはお会いしましたし、2人の息子さん、その奥様にもお会いしました。

MC:映画の中の杉原さんはいかがでしたか?

シルビアさん:
非常に素晴らしい演技だったと思います。まず、杉原さんは多面性を持った複雑で、感情の敏感な方だと理解していますが、そうした部分を唐沢さんが巧みに演じていたと思います。とても残酷な場面がありますが、そうした時の唐沢さんの表情が、私には杉原さんと唐沢さんの区別がつかなくなってしまうくらい、同一人物のように感じました。彼の心の内を豊かに表現されていたと思います。

唐沢さん:
ありがたいですね。僕らもシルビアさんがこうしてお元気でいらっしゃるというのはよかったなと思います。本当に杉原さんはすごい方だったんだなと思います。

MC:まだ日本では知らない方も多いですが、この映画をきっかけに杉原さんのことがもっと知られるきっかけになればいいですね。

唐沢さん:
そうですね。リトアニアに行くと皆さん杉原さんのことをご存知ですが、日本の方はまだまだ知らない方も多いので、この映画をきっかけに知ってもらえたらと思います。

MC:最後に唐沢さんからメッセージをお願いいたします。

唐沢さん:
決して派手な作品ではないと思いますが、僕らがいくら宣伝を重ねていくよりも、実際に観てくださった皆さんの生の声を超えることはできないと思います。皆さまぜひ、携帯の充電を100%にして、たくさんツイートしてもらえればありがたいと思います。無事にこうして初日を迎えることができました。僕らもホッとしております。本日は本当にありがとうございました。

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