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「杉原千畝 スギハラチウネ」製作報告会見
日本・ハリウッド・ポーランドのスタッフ・キャストが結集!

2015年05月19日

「杉原千畝 スギハラチウネ」製作報告会見

<左から、チェリン・グラック監督、アグニェシュカ・グロホフスカさん、ボリス・シッツさん、
唐沢寿明さん、小雪さん、奥田誠治エグゼクティブ・プロデューサー、飯沼伸之プロデューサー>

戦後70年特別企画として、第二次世界大戦中にリトアニアでユダヤ難民にビザを発給し続け、6000人の命を救ったと言われる外交官・杉原千畝の壮絶な生涯をつづった「杉原千畝 スギハラチウネ」が12月5日に公開されます。

昨年の秋に2カ月にわたりポーランドで撮影が行われ、現在も完成に向けた作業が続いている本作ですが、5月19日東京・六本木のザ・リッツ・カールトン東京にて、チェリン・グラック監督と主演の唐沢寿明さん、共演の小雪さん、ポーランドから初来日を果たしたボリス・シッツさん、アグニェシュカ・グロホフスカさん、奥田誠治エグゼクティブ・プロデューサー、飯沼伸之プロデューサーを迎え、製作報告会見を開催しました。撮影時のエピソードや公開に向けての意気込みが語られた会見の模様をレポートいたします。

奥田誠治エグゼクティブ・プロデューサー

杉原千畝という人物は、元々僕も知っていた人でしたが、調べれば調べるほど、本当に彼が決断したこと、行動したことなど、様々なことが分かってきました。それがこの企画をスタートさせる大きな要因でした。何とかこの作品を通じて、一人でも多くの人に彼の存在を知らしめたいと思いました。
本作品は70年以上前のお話なんですが、僕らと共通したことでいえば杉原さんには家族がいます。また外交官という立場ですが、今のサラリーマンと同じで上からの命令に従わなくてはならない。ビザを発給することによってあらゆる人や、ドイツ、ソビエト、そして自分の国である日本も敵に回してしまいます。そういう状況の中で決断を下したんです。自分たちが同じようなときに同じようなことができるのかということを含めて考えさせられました。
今でも世界中で民族が対立したり、紛争が続いております。いろんな人に本作品を観てもらって、一人でも多くの人に杉原千畝という人がどういう行動を起こしたのかを知ってもらいたい、それが世界の平和につながってほしいという一念で製作しています。
また日本を代表する役者さんに出演してもらいました。唐沢さん、小雪さんに出演してもらえたことは嬉しい限りです。そしてポーランドを代表する役者さんにも出演してもらい、ボリスさん、アグニェシュカさんに今回、ポーランドから来てもらいました。またNPO法人の「杉原千畝 命のビザ」にもご協力してもらいました。今日は遺族の方たちもこの会場にお見えになっています。僕らはこの映画を世界中の人に観てもらいたいと思って、鋭意製作中です。今日は本当にありがとうございます。
飯沼伸之プロデューサー

私の方からは3点お話させてもらいます。まずこの「杉原千畝 スギハラチウネ」を、なぜ「戦後70年特別企画」として製作することになったか、ということについてです。杉原千畝さんは70年以上前にヨーロッパでユダヤ難民にビザを発給した素晴らしい方であると同時に、ヨーロッパで活躍された、当時のコスモポリタンを代表する人物であると思います。戦後70年となりますが、世界を見渡せば、70年以上前よりも世界は小さくなっており、隣の国もさらに向こう側の国も近しいものになっています。その中で我々日本人が今、戦争をどう描くか? 杉原千畝さんを描くことで、戦争というものをもう一度考えるチャンスを与えていければ、という思いから「戦後70年特別企画」としてこの企画が立ち上がりました。
そしてもう一方で、"日本のシンドラー"としての杉原千畝さんは有名ですが、この映画を作るきっかけとして、"インテリジェンス・オフィサー"としての側面が杉原千畝さんにはあったことが最近になって分かってきているということがあります。"インテリジェンス・オフィサー"というのは耳慣れない言葉ではあると思いますが、簡単に言うと"スパイ"ということになります。当時の外交官の方々は、杉原千畝さんに代表されるところでいうと、ソ連に関する情報をものすごく緻密に構築していたということが明らかになっています。この映画では、そういう新しい側面にも光をあてています。
最後になりますが今カンヌ国際映画祭が開催されています。この作品もカンヌの方にご紹介させてもらっておりまして、ヨーロッパを中心にこの映画を公開したいという声をもらっています。「世界中の人」にという奥田の話もありましたが、おそらく完成の暁には世界中からオファーをもらい、日本のみならず世界中でご覧になってもらえるのではないかと思っております。
チェリン・グラック監督

この映画のお話を飯沼さんと唐沢さんから聞いたときに「ぜひ参加させてもらいたい」と僕が言った理由をお話したいと思います。僕は、国籍はアメリカですが生まれは日本です。父がユダヤ人の血を引いており、母は日系人ですがアメリカ生まれのアメリカ育ちで、(母は)アメリカで収容所暮らしをしたこともある、というのが僕の背景にあります。"日本のシンドラー"と言われている杉原千畝さんの話はヨーロッパで起こったことですが、僕にも感情的にはすごく近いと思い、ぜひ世界の人にも彼のことを知ってもらいたいと思って参加させてもらいました。まだ製作は終わっていませんが、みなさまには楽しみにしてもらえればと思っております。
唐沢寿明さん(杉原千畝役)

僕はこの千畝さんの役を演じることになって、ご遺族の方々に恥ずかしくないように、そしてより多くのまだ知らない方々に彼の名前や功績をこの作品を通して知ってもらいたいと、そういう気持ちで2カ月間ポーランドで撮影していました。その結果は多分、映像に出ているだろうと思います。完成までもうしばらく楽しみにしてもらいたいと思います。
小雪さん(幸子役)

私自身もこのお話をもらってから、演じさせてもらう妻・幸子さんの著書など拝見しました。
現場のポーランドでは、千畝さんのことを熟知されている方が多いのにとても驚きました。でも日本では杉原千畝さん、どういうことをした人だろうかと、若い人の中でもご存じない方も多いと思います。この作品をご覧になって、今自分たちがどういう人生を生きているのか、自分の生き方を問うきっかけになってもらえればと思います。
また現場では才能に恵まれたスタッフの中でとてもクリエイティブな作業をさせてもらい、いい思い出になりました。私自身も映画の完成を楽しみにしております。ぜひ多くの方に観てもらえればと思います。
ボリス・シッツさん(ペシュ役)

来日は初めてでまだちょっとショック状態です。東京に来てからビックリすることばかりです。
今回、この映画に参加させてもらいとても嬉しく思っております。チェリン・グラック監督は素晴らしい先見の明をお持ちです(笑)。今回はキャストに選んでいただき、本当にありがとうございます。
私にとっては、英語で演じる初めての経験でした。製作にあたっては、日本人、アメリカ人の監督、そしてポーランド人の俳優と共に、まるで冒険に出たような経験をさせてもらいました。
実は、非常に興味深いことが起こりました。私が演じた役の家族の方からお手紙をもらい、私の演じたペシュと杉原氏の間には亡くなるまで親交があったということを知ることができました。杉原氏は戦後もペシュに対して、小包を届けたり、いろいろな助けの手を差し伸べていたそうです。それだけの深い友情がそこには存在したと分かりました。これが、私がここでみなさんにお話しておきたかったことです。最後になりますがみなさん、本当にありがとうございます。みなさんがこの映画を楽しまれることを私も楽しみにしておりますし、大ヒットすることが間違いないと思っています。
アグニェシュカ・グロホフスカさん(イリーナ役)

みなさんに会えて、光栄です(日本語で)。Thank you! まず日本に来ることができて、この場にいられることを幸せに思います。この作品の一部となり、参加できたことを心より嬉しく思っています。
杉原氏の話はもっと早くみなさんに語られるべきものではなかったかと思います。現代においては、当時、杉原氏が置かれていた状況であのような選択をすることがいかに難しいことであったかを真に理解するのは難しいことだと思っています。そういった意味でも、私としましては何らかの形で杉原氏の近くにいられたということは素晴らしい経験であったと思っています。
もし杉原氏がいらっしゃったら、この映画を観て「素晴らしかった」と言ってもらえる作品になることを願っております。私も映画の完成を楽しみにしております。


MC:それではキャストのみなさまにお話をうかがいます。昨年の秋に2カ月にわたってポーランドで撮影が行われ、現場では日本語、英語、ポーランド語が飛び交っていたとうかがっております。撮影中に印象に残ったエピソードがありましたら教えてください。

唐沢さん:
カメラマンがアメリカの方で、撮り方が日本の映画と違いました。まあ、そういうことはあまり気にしないで頑張ってやっていましたけれど、あらゆることが(日本と)違っていましたね。
よくあれだけ、英語やポーランド語、日本語が飛び交っているのに、みんな一つの方向に向かって撮影しているなと思いました。不思議な感じでしたよ。撮影現場は本当に和気あいあいとしていましたよ。彼(=シッツさん)がとにかくしゃべりまくっていました。本当にチャーミングな人で、常にしゃべっている感じでした。


MC:シリアスなシーンも多く切り替えが大変だったのでは?

唐沢さん:
僕には珍しく、現場でもシリアスでしたからね。一生懸命、まず自分ができることをやらないといけないという気持ちがありました。それに対して集中しないと、ということで精一杯でした。

MC:英語でのシーンもたくさんありましたね。

唐沢さん:
日本語でも撮影の時間帯によっては噛んでしまったりすることがあるくらいですから...(笑)。そりゃ英語になればもっと噛むに決まっています。使っている筋肉も違いますから...。そういういろんな経験をして大変でしたけれど、やってよかったなと思います。素晴らしい俳優さんと共演できて、もちろん、小雪ちゃんとも久々に一緒に共演できて...。

MC:今回、小雪さんは唐沢さんの妻役ということでしたが撮影中はどんなエピソードがありましたか?

小雪さん:
唐沢さんはいつも撮影中はムードを作ってくださって、現場を盛り上げてくださるのは変わらないんですけれど、撮影期間も長く、英語を使うことも多かったし、異国文化の中で、というのもありましたので、唐沢さんの忍耐力の強さを改めて感じさせられました。私も学ぶべきところがたくさんありました。もちろん人間なので、いい時も悪い時もいろいろありますけれど、いつも同じコンディションで、良いレベルに向かって自分を持って行く意識の高さというのを間近で感じました。私が体調を崩しそうになった時には体調管理の仕方を教えてもらいました。(唐沢さんには)千畝さんと通じるところがあるんじゃないかなと感じました。いつも一つのことに、精神的にも肉体的にも一番いいコンディションで向かっていく、精神力の高い俳優さんだなと思いました。またいろんな国の、文化の違う共演者と触れ合うことがたくさん刺激になりました。日本でただボーッと生きていちゃいけないんだな、日々努力して精進して生きていかないといけないんだなと感じたし、いろいろと考えさせられる現場でした。思い出深いです。

MC:撮影現場で雰囲気を作っていらしたというボリス・シッツさんはいかがですか?

シッツさん:
(唐沢さんに)ごめんなさい...(苦笑)。あの、もしかしたら唐沢さんが集中してやらないといけないところで私がおしゃべりをしてかなり邪魔になってしまったのかなと思います。でも誰かが集中してやっている時は誰かが隣で盛り上げるのがポーランドです。私もそういう人間なので...。私は友達になりたくて頑張っていたのですが、もしかしたら私の意図が分かってもらえなかったかもしれません...(笑)。

MC:日本の俳優陣と仕事をして発見はありましたか?

シッツさん:
実際に唐沢さんとお話させてもらう機会を持てました。とても集中しているところを私が邪魔しつつ、どういう理由や経緯で俳優になったのか、などということを話すところまでこぎつけました。そこで彼の口から「ブルース・リー」という言葉を聞くことができて、我々は共有しているものがあると感じました。ポーランド映画界には残念ながらブルース・リーのようなアクション映画の伝統はなく、私はそういう理由でポーランド映画の俳優に収まって演じています。
現場では「こゆき(小雪)さんがゆきこ(幸子)さんを演じる」ということで、私からしたら同じに聞こえるんですが、そう言ったことをジョークにしていました。ただポーランドのスタッフは日本のみなさんにすごく感謝していました。どういうことかと言うと、私は誰もしゃべる人がいないと、そのうち黙りますので...。そういう風にしゃべる人がいないと黙って集中するしかないんです。演技をする際にはきちんと集中して自分の演技に気持ちを投じるということで、重要な学びができたのかなと思います(笑)。そうした学びが双方向であったならと思うわけですが...。


唐沢さん:
基本、ふざけているんですよ、この人。いつもふざけているんですよ! それがすごく面白いのでいいんですけれど、想像を絶するようなことをするんです。いろんな意味でそれに救われました。

MC:アグニェシュカ・グロホフスカさんはいかがでしたか?

グロホフスカさん:
私にとっては日本の素晴らしい俳優さんとお仕事させてもらえるのが何より素晴らしい経験でした。私はどちらかと言えば、集中した現場というのが好きです(笑)。撮影のセットというのはそれがどういうものであれ、どんな状況であったとしても、それが私の"ホーム"。私のいる場所であり現場だと感じることができるものです。ですので、私は撮影期間中、みなさんと家族であるかのような気持ちで臨むことができました。本当に良かったと思っています。特別な出来事が思い出せるわけではないんですが、セットが自分にとっては"ホーム"のような居心地の良いものであったことは強く心に残っています。

MC:それでは質疑応答に移ります。

Q:唐沢さんと小雪さんにおうかがいいたしますが、実在の人物を演じるにあたって事前に準備したことはありますか? どんなことを気をつけて演じられたかをお聞かせくださいますか?

唐沢さん:
事前にやることと言えば、資料を読むことくらいしかないので...。ただ、一番難しかったのは、本当に千畝さんが何を考えていたのかとか、あの時代になぜあんなことができたのかということは分からなかったことです。多分、誰にも分からないと思うんですね。なので、彼の誠実さとか、非常に寡黙であったということなどを頼りに、エンターテインメントでもありますから多少違う部分もあるかもしれませんが、同じ日本人として、恥ずかしくないように演じようと思いました。

小雪さん:
私自身も幸子さんの資料や著書を拝見しました。私が感じたのは、激動の戦火の時代だからこそ、幸子さんがダンスにいそしんでいらっしゃったり茶道をやっていたり、いろんなことに興味を持って、自分の状況の中で楽しさを見出していたんじゃないかなと感じました。千畝さんが、自分の志を持って自分の仕事や人生に対峙している時でも、家では"花"のような、見ればちょっとホッとするような、そういう存在でいなければいけないんじゃないかということは常に根底に据えながら演じました。

Q:唐沢さんと奥田プロデューサーにお聞きします。唐沢さんは、日本人でも「偉人だ」と胸を張って言える人物を演じてみて、ご自分の中で価値観などが変わったなと感じる部分はありますか? また奥田さんには、カンヌ国際映画祭以外の海外での公開やプレミア上映会をしたいなどのプランがあれば教えてください。

唐沢さん:
まず差別はよくないですね。僕もある国に行った時に、そういう差別的なことを受けたことがあります。それは日本人としてというのではなく、別の国の人と間違われて差別されたんですが、それはどの国の人間か、ということよりも、そのとき思ったのは「差別される人ってこういう気持ちになるんだ」と心から思ったんですよ。だから今回のことも、例えばユダヤ人の方々は大変な思いをされましたけれど、そういうことは考えました。もちろんある程度物心ついてからは差別について、してはいけないという思いはありましたが、この作品を通じてその思いがより強くなりました。戦争に対してもそうだし、知らない世代だけれどやはり「ごめんなさい」と「ありがとう」をちゃんと言える人はケンカしないじゃないですか。

奥田プロデューサー:
本作品は歴史ものであり、実際に生きていた人のエンターテインメントでもあります。以前「太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-」という作品を唐沢さんとチェリン・グラック監督でやりまして、ヨーロッパで広く公開し、好評を得ました。また、小雪さんに出演してもらった「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズは、国を通して世界各国で親善大使の役割をした作品でした。この「杉原千畝 スギハラチウネ」はその両方を兼ね備えた作品であると思います。
実際にハリウッドの友人、某スタジオのトップなんですが「映画が完成したらすぐ送って寄こせ」と言ってくれました。それくらい高い関心を持ってもらっています。 アメリカでは何らかの形で積極的に劇場公開をしていきたいと思います。またヨーロッパを含め全世界で公開していきたいと思っています。 大事なことを忘れていました。「映画の国」ポーランドで撮影しておりますので、ワルシャワでも上映できればと思っております。実際に行ってみてポーランドは本当に素晴らしい国でした。僕らもポーランドのファンになったので、日本のことが大好きなポーランドの人々に、観てもらえればと思います。もちろん(杉原氏が赴任した)リトアニアでも観てもらいたいと思っております。


Q:小雪さんにおうかがいいたします。実生活でも妻であり母でありますが、幸子さんという役を演じてみて感じたことを教えてください。

小雪さん:
そうですね。先ほどと重複してしまうのですが、根が明るい女性なのではないかと本などを拝読して感じています。だからこそ夫に対しての、尊敬の念を持ち、彼女自身も外国にいながらも自分らしく生きられたんじゃないかと感じました。どこの国にいながらもいつも彼女らしく生きていられたんじゃないかなと...。子どもを3人育てて、たくましく生きている女性なんですけれど、日本人の女性の柔らかさというのも兼ね備えている人なんじゃないかということは本を読みながら、演じながら、感じていましたね。

Q:小雪さんも今、お腹に3人目のお子様がいらっしゃいますが...。

小雪さん:
女優としても女性としてもいろいろなところでプラスになっていると思います。また親になって初めて、私は(周りの人のおかげで)人間にさせてもらっているんだなと思いました。自分一人で生きたかのような錯覚に陥ることがありますが、親がいて周りの人がいて、いろんなことを感じたり、我慢したり、苦労しながら、みんなの力を借りて生きてこられたんだなと実感しております。