Movie Movie

Return Page

カナダ大使館・日本外国特派員協会共催会見
「バンクーバーの朝日」に海外メディアも注目!

2014年12月17日

「バンクーバーの朝日」カナダ大使館・日本外国特派員協会共催会見

<左から、妻夫木聡さん、石井裕也監督>

戦前のカナダ・バンクーバーで、差別や貧困の中にあってもフェアプレーの精神でひたむきに戦い抜き、日系移民に勇気と希望を与え、さらには白人コミュニティからも賞賛を得た実在の野球チーム "バンクーバー朝日"。映画「バンクーバーの朝日」は、この伝説の野球チームの実録を基に、戦前の日系移民の壮大なドラマを描き出しました。

日本公開に先駆け、第33回バンクーバー国際映画祭にてワールドプレミア上映され、見事観客賞を受賞。ハワイ・ホノルルで開催された第34回ハワイ国際映画祭でもオープニング上映を飾るなど、海外でも話題を集めています。在日カナダ大使館と公益社団法人日本外国特派員協会によって共催された、石井裕也監督と主演の妻夫木聡さんによる会見の模様をレポートいたします。


カナダ大使館・ローリー・ピーターズさん:
皆様、映画「バンクーバーの朝日」をお楽しみいただけましたでしょうか? 石井裕也監督と妻夫木聡さんのご登場をお待ちかねだと思うので、私の挨拶は短めに済ませます。本作はバンクーバー国際映画祭にてワールドプレミア上映され、大変名誉ある観客賞を受賞しました。カナダのメディアも、映像が美しく力強い作品であると報じ、出演者の妻夫木さんや亀梨和也さんの魅力も伝えられました。
「バンクーバーの朝日」は実話に基づいた作品です。カナダ国立映画制作庁の同じ"バンクーバー朝日"を題材にしたドキュメンタリー映画「Sleeping Tigers」とは異なります。歴史上の出来事を取り上げると同時に、その歴史に新しい命を吹き込んだという点でとても力強い映画だと思います。
ここで、映画の背景となる歴史について少しご説明いたします。1988年9月、日系カナダ人に対し、過去に行われた不当な扱いに対してカナダ政府から正式な謝罪がなされました。彼らに損害賠償が支払われたことで、マイノリティが人種差別を克服し、民主主義においてすべての人間が持つ権利を再確認するために戦ったことを示す、代表的な実例だと考えられています。
"バンクーバー朝日"は人種差別と戦いながら、世代や人種を超えてファンを獲得したチームとして敬意を表され、映画や本が作られています。2003年にカナダの野球殿堂入りを果たし、2005年にはブリティッシュ・コロンビア州のスポーツ殿堂入りを果たしました。さらに2008年には、カナダの歴史における重要事件に指定され、ちょうど70年後の2011年9月18日チームにとって最後の試合が行われ、これを記念するプレートがオッペンハイマー・パークで除幕されました。



■ここから質疑応答が開始。会場に集まった海外メディアの記者たちから、多数の質問が寄せられました。

Q:バンクーバー国際映画祭に参加された時のご感想をお聞かせください。

石井裕也監督

カナダを舞台にした映画を日本人の僕が撮るということは、とても難しいものでした。カナダのバンクーバーのお客さんが見ても面白く納得のいくものにしたかったので、観客賞をもらえたということは、努力が報われたというか受け入れてもらえたと僕は感じました。嬉しかったのもあるのですが、安心しました。
妻夫木聡さん(レジー笠原役)

バンクーバー国際映画祭はとても刺激的でした。この物語を描く上で、差別や迫害といった場面も当然出てきます。カナダの方が観てどう思われるのかと不安もあったのですが、野球のシーンが始まり僕が初めてバントを成功させるシーンで、皆さんが手を叩いて笑ってくださって、僕自身も涙が出るくらい嬉しかったです。映画が、娯楽という粋を超えて、国も言葉も超えて、何か結びつきみたいなものが生まれる瞬間を映画祭で感じられて、生きていてよかったなという感動がありました。


MC:素晴らしい映画をありがとうございます。今回の作品はスポーツをベースにした時代もので、これまで現代の小さな物語を描いてきた石井監督の作風とは少し異なる気がしました。この製作スタイルは監督にとって心地良いものでしたか?

石井監督:
小さい映画は好きで作っているわけじゃないんです(笑)。人間は状況に応じて与えられた環境でベストを尽くすもの。かといって、大きい映画をやりたいわけではないです。出会った企画に対して自分がどれだけできるかっていう挑戦であって、今回は幸運にもこういうバジェット(予算)でこの企画に巡り合えて、その中で僕はベストを尽くしたという感じです。なので、ロー・バジェットの映画が作りやすくてビッグ・バジェットの映画がやりづらい、とかはないです。僕は未発達というか発展途上の人間だと思っているので、状況次第でその違う状況を楽しめると思っています。

Q:妻夫木さんと池松壮亮さんは前作「ぼくたちの家族」にも出演されていましたが、石井組とはどのようなチームですか?

石井監督:
「石井組」という呼ばれ方をされるけれど、前作と全員同じわけじゃないんです。カメラマンも照明も美術も変わっています。多くのキャスト陣も変わっているわけです。何をもって石井組かはわからないけれど、みんながベストを出せるように、楽しく仕事ができるようにとは常に心がけています。自分で言うのもなんですが2作ともにそうだと思います。

妻夫木さん:
石井組...というものが存在するならできるだけ入りたいです(笑)。前作「ぼくたちの家族」の時も、ずっと石井さんと仕事がしたいなと思っていてできた仕事でした。終わった後も「またいつかできたらいいな」と考えていたので、こんなにも早く、しかも2作続けてできるなんて思っていませんでした。それと同時に、前作は前作で「最高のものができた」っていう思いがあったので、僕は今回それを超える芝居をしなくちゃいけないし、監督にももっと良い作品を作らなくてはという思いやプレッシャーもあったと思います。そのプレッシャーを力に変えて、今回はさらに良いものが作れたと思います。

Q:基本的な質問ですが、ロケはどこでされたのですか? 撮影期間はどれくらいでしたか? 日系人社会や人種差別の問題を描くにあたり、どんな工夫をされたのでしょうか? 妻夫木さんはそういった問題を抱えた人を演じるにあたり、どのような工夫をされたのでしょうか?

石井監督:
この映画は、栃木県の足利市に作ったオープンセットで主に撮影しました。70パーセントはそこで撮影し、残りの30パーセントは日本の地方などで撮影しました。撮影期間2カ月半でした。日系コミュニティを描くにあたっては、取材に取材を重ねました。ただ、日系カナダ人に限定すると固有のものになるというか、独特のものになってしまいます。日系カナダ人だけに共感してもらえればいい映画ではないので、極端に言えば「ニューヨークの朝日」でも「ベルリンの朝日」でも「東京の朝日」でもよかったのです。これは生きづらさを抱えていたり、悩みを抱えている人たちが立ち上がる話。アイデンティティに対する悩みをできるだけ普遍的に、生きづらさを抱えているすべての人々に共感して理解してもらえるように心がけました。

妻夫木さん:
演じるにあたり、本やインターネットで当時のことを調べました。頭で考えて演じるのではなく、いろいろなことを背負う。僕自身がその時代の人間になって、心自体をその時代の人に変えてしまい、僕自身が這いつくばって生きることが大事だなと思って演じました。レジーには日系二世として当然日本人の誇りや思いもあるし、カナダのバンクーバーで生まれ育ったという思いもある。この国の人間でありたいという思いもあります。そのはざまで揺れている状態だった。差別を受けたからといって、必ずしも苦しみだけじゃなかったのではないか。野球という生きる糧、ささやかな喜びを感じながら生きていたと思うので、あまり差別というものは意識して演じてはいませんでした。

Q:歴史映画というよりは野球映画として楽しみました。また、いわゆる"21世紀タイプ"のゆるめなリーダーシップが描かれている気がしました。しかし、当時はもうちょっと"スポ根"のようなリーダーシップだったのではないかとも思いました。監督の狙いをお聞かせください。妻夫木さんは、そのリーダー論に関して付け加えることがあればお聞かせください。

石井監督:
可能な限りの調査を重ねての僕の想像ですが、そういった精神論を振りかざすような激情的な熱いスポ魂男は日系二世にはあまりいなかったように思います。当時、彼らはアイデンティティのゆらぎも含め、ものすごく危うい立場にさらされていた。無駄な争いや民族間の摩擦を避けていたんじゃないかなと思います。「しょうがない」という言葉を多用していたみたいですし、自分の存在自体、差別にさらされることも「しょうがない」。無駄に抵抗しないし反抗しない、と僕は受け止めました。そういうところが生きづらさや閉塞感、今日の日本、世界のあらゆる人に通じる雰囲気なのかなと思いました。だからこそ今作る意義を、僕は見出しました。

妻夫木さん:
僕自身もリーダーになりたくないタイプなので、リーダー論はあまり語れないのですが...(笑)。レジーと同じく、そういうものは誰かに押し付けたいタイプです。今回は確かに頼りないリーダーっていうあまり映画には出てこない設定ですが、ふだんは静かで意見を発しない男だけれど、胸の奥には燃えたぎる闘志を持っていて、ここぞというときに力を発揮するタイプがレジーです。それをどういう風に表現するかは結構悩みました。お芝居で表現するというよりは、自分自身が映画の中で生きることによって、その表情を監督が撮ってくれるんじゃないかという信頼関係がありました。でも完璧な人間っていないし、リーダーになったからといって完璧になれるわけじゃない。人間はダメなところがあるから成長できる。レジーはダメなやつだったかもしれないけれど、リーダーシップを発揮できない中でも、自分らしくみんなを引っ張る裏のリーダーシップで、意外とまとめてはいたと思います。

Q:日本人ではない役者への演出や、英語のセリフを演出することは難しかったのではないでしょうか?

石井監督:
そうなんですよ。英語のセリフが非常に難しかったです。それは発音の問題じゃなくて、要するに仕草が変わるんです。日本人が日本語の芝居をする感覚で英語でしゃべると、ものすごく情けなく見えるというか(笑)。カナダ人と芝居をすると、その時点で勝敗がついて負けてしまうんです。日系カナダ人の方々にインタビューしたのですが、英語をしゃべる時はある意味人格が変わると言っていました。それを参考にしながら、とにかく対等にひとつのフレームの中で共存できるようにと心がけました。最初は妻夫木さんといろいろ探った覚えがあります。でも楽しいし、そういう自信は出ましたね。

Q:妻夫木さんは英語の芝居はいかがでしたか?

妻夫木さん:
今日は正直、僕の英語のセリフを皆さんが聞き取れるのかが心配で緊張していました。でも会見を行う前に聞いたら、「パーフェクトだった」と言ってもらえてすごく嬉しかったです。この映画をバンクーバーで上映した後、日本大使館で皆さんと食事をする機会があったのですが、僕が映画の中で英語のセリフを話しているので英語を話せると思われ、英語で話しかけてくれる方たちがいたのですが...笑ってごまかしてしまいました(笑)。映画の中で話している英語が通じて嬉しいのですが、僕は英語が話せません(笑)。すみません!